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目 次
サーベルの同化政策
教育上の機會均等
思想言論の絶對自由
我國前途の二大暗礁
タウンゼンド 老年年金案
『タウンゼンド 老年年金案』
(昭和15年家庭購買組合の雑誌に掲載された文章−新仮名遣いに改訂)
アメリカのロサンジエルスといえば、あの辺には日本人が沢山いるのと、映画の都ハリウッドが近くにあるので、我国にもよく知られていますが、今より5年余り前に、このロサンジエルスの郊外のアパートに住んでいる一人の老人が或る朝ベッドから起き抜けに、窓をあけて外を眺めました。すると路地のところで、三人の年とった女が、埃箱をあさって、何か食べているのが目に入りました。これを見ると、老人の心がすっかり憂鬱になってしまいました。「あの三人の女、あの年になって、埃箱をあさって露命をつながなくてはならないとは、何という悲惨な事だろう」
ここでちょっと、この老人の身の上を簡単に述べて置かなければなりません。この老人は、名をフランシス・タウンゼンドといい、今年七十三ですから、当時既に六十七でした。イリノイ州の片田舎に生まれましたが、小学校で良く出来たので、代用教員になりました。それから苦学して開業医の免許状を得、一生の大部分を、ダコタ州で田舎医者として過ごしました。しかしこの間に、少しばかり財産が出来たので、それを持ってロサンジエルスに出て来て、土地会社に関係しました。当時は好景気時代で、土地会社も儲かりましたが、ついで不景気時代になると、すっかり駄目になって、タウンゼンド老も、殆ど無一文になってしまいました。しかし元来が医者ですから、運動して市の衛生医になりました。ところが一九三三年の選挙で、市長以下が更迭して、タウンゼンド老も若干の退職手当を貰って失業者になってしまいました。
タウンゼンド老が、アパートの窓から、三人の年取った女が埃箱をあさっているのを見たのは、この年の秋でした。失業しておれば、退職手当に貰った貯蓄は見す見す減るばかりです。埃箱をあさっているあの三人の女、今こそ人の身の上であれ、明日はあれが自分自身の姿ではないかとタウンゼンド老の心が暗くなったのは、こう考えたからでした。
タウンゼンド老の心は、この日一日憂鬱で、一日物思いに耽りました。そして夜中までかかって、老年年金という事を思いつきました。その案は極めて未熟なものでしたが、その翌日、前に土地会社を一緒にやったクレメンツという男のところへ持って行って見せました。クレメンツはタウンゼンド老より年は二十も若いが、なかなか敏腕な男で、土地会社の社長でした。中々頭が鋭く、物分りの良い男ですから、タウンゼンド老の説明を聞くと、これは面白い、しかしまだ推敲の余地があると、それから二人は、互いに失業者の事ですから、毎日図書館に通って参考書を読み、一つの老年年金案を作り上げました。
この老年年金案は、六十歳以上の老人に国家から年金として、毎月二百ドルづつ給与すると云うのです。二百ドルといえば、目下我が七百円程に当り、相当な金額です。今日アメリカには、六十歳以上の老人は、一千万近くいますから、それに年額二千四百ドルづつ与えるとすると、総額二百四十億ドル程の金が要ります。この莫大な金をどうして作りますか。一九二九年に於けるアメリカ全国の商売高は、九千三百億ドルだったそうです。タウンゼンド老によれば、この老年年金案が実行されると、国内の商売高はまだまだ殖えますから、各商売に二分づつの税をかければ、二百四十億ドル位な金は訳なく出来るというのです。要するにこの案は、養老保険の原理を、国民全体に押し広めたもので、国民は物の売買毎に、金額の二分を保険料として支払い、その代り六十歳後は、毎月二百ドルづつ受取るという訳です。
次にこの案によると、六十歳以上の老人は、月二百ドルづつ与えられますが、その二百ドルは、一月以内に全部使ってしまわなければなりません。一体病気になった時や、年取ってからのことさえ心配がなければ、我々は貯蓄などはしないで、盛んに消費する方が良いのです。その為に産業が起り、従って失業者がなくなり、社会が繁栄するのです。ローズヴェルト政府の就任以来、最大の問題は不景気と失業者の氾濫でした。この為に莫大な金を使いましたが一千五百万の失業者が五百万減っただけです。しかし老年年金案を実行すれば、景気も好くなり、失業者もなくなると云うのです。
しかしこの案は、六十歳以上の老人は、月二百ドルづつ与えられる代り、凡ての公職や営利事業から引退しなければならないことを規定しています。あとは公益事業に働くとか、研究などに従事すればよいのです。
すべての売買に二分づつの税をかけることは、高い税のように見えるが、この案を実行すれば、軍人や官吏などの恩給を廃することが出来るから、その方で他の税をへらすことが出来るとも云っています。
タウンゼンド老とクレメンツは、一九三四年一月から、ロサンジエルスで小さい部屋を借り、そこからこの案の宣伝を始めました。このタウンゼンド老、もとは田舎医者に過ぎませんが、どうして唯者ではありません。演説もなかなかうまいし、宣伝戦術に於いても相当なものです。それに案其の物が、大衆の要望によく適っています。その為にこの案はタウンゼンド案という名で、所謂燎原の火の勢を以て、見る見る全米を風靡しました。
宣伝の方法としては、先ず「タウンゼンド週報」という小さい雑誌を出していますが、読者が盛んに新読者を勧誘するように出来ています。講演会も諸方で開きます。又市や町には、タウンゼンド倶楽部という倶楽部を作らせます。目下アメリカ全国にタウンゼンド倶楽部は一万以上あり、一つもない州はデラウエアだけだそうです。会員には宣伝教程を持たせて、みんなが宣伝するようになっています。
この案は老人を第一線から退かせるので、若い人の進路を開き、また老人扶養の義務を免ずるので、意外にも三、四十代の人にも賛成者が沢山出来ます。各地のタウンゼンド倶楽部は、選挙の時活動するので、議員候補者はこれを無視することは出来ません。目下アメリカ下院には、タウンゼンド倶楽部から推され、或はその後援を受けて当選した議員は百五十六人おり、上院にも数人いるそうです。アメリカの議会では、大統領の勧告により、目下社会保障法の改正を審議していますから、この機会に、タウンゼンド案が法案として持出されるかもしれません。しかし今年はまだ、議会を通過する望はとてもないようです。けれども賛成者がだんだん多くなれば、将来この儘の形ではなくとも、或る修正された形に於いて、議会を通過して法律となるでしょう。
この案に於いて、凡ての売買に二分づつの税をかけるということは、実際相当重い負担です。又月二百ドルという金額も、研究の余地があります。要するに、まだ未熟なものですが、アメリカの大衆が、この案の宣伝によって教育されたことは非常なものですから、近き将来に、この種の制度がアメリカに出来ることは確実でしょう。その結果が果たして良いかどうか。アメリカは政治の実験場だと云われますから、我国などはアメリカで試験済みになってから問題を考えても遅くはありません。ここが後進国の有難さです。
木 村 久 一著
掲載者注:タウンゼンド案として知られるこの養老年金案は、1934年に否決されたまま通過しなかった。タウンゼンド氏は1867年生まれ、1960年死去の改革家。
(このページはまだ作りかけです)
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