中国 1980:長城/郊外


北京で宿に割り当てられた琢県旅館。前年に完成したばかりで地主の家と同じつくりだという。”悪徳地主打倒”はどうなったのだろうとつっこみを入れたくなるが、宿に着くと拍手で迎えられた。
ただ、北京市内ではなく郊外の、市内まで1時間以上かかる旅館だったため、故宮訪問をカットすることになり、不満が出た。鄙びた旅館で結構気に入っていたが、今でもあるのだろうか。(K氏撮影)



頤和園。革命を生き延びた北京の3つの牌楼のうち、1つがここにある、と当時説明で聞いた。

戦前の黒白写真で、明の十三陵を見たことがある。原野に不気味な動物の彫像が立ち並ぶ、シュールで荒涼とした不思議な光景だった。それを期待して行ったのだが、すでに木を植えて整備されつつあり、イメージとだいぶ異なった。



蘆溝橋。日華事変はここで起きた万里の長城(服装や鞄が当時っぽい)



蘆溝橋そば(M氏撮影)

北京郊外(M氏撮影)







北京の故宮は、箱だけであり中身は蒋介石がほとんど台湾に持っていた、だから台湾の故宮博物館のほうがはるかに見る価値がある、との理由でカットになった。

万里の長城へは、琢県から房山県、市内を抜けて昌平県に入って行く道程。土で作った家が並び、道路脇の狭い三角形の土地にも稲が植えられていた。頭の赤いコウリャンやとうもろこしも多い。家の一角のコの字型に区切られた中に豚が何頭も飼われ、ニワトリも道端を走り回っている。
山に入り、途中、○○宮と書かれた石の牌楼の立った入り口を見かける。こうした地元のお宮を自由に訪ねてみたいものだと当時思った。

帰り道では、草を山のように積んだ荷馬車をすれ違う。おじいさんが山羊に綱をつけて犬のように散歩させており、草を食べ始めるとおじいさんも立ち止まる。他にも杭につながれて草を食んでいる山羊をよく見かけた。子供が大きな熊手で家の前に広げられた何かをかき集めていたり、女の子が平たい籠を抱えて塀の間の入り組んだ路地に消えていったりした。道路ばたには椅子を出しておじいさん、お婆さんが座っていた。







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