カゲジ
うずしきようこ 千メートル級の山々の連なる四国山脈を分け入った奥には、つい先頃まで焼き畑の行われていた村が点在する。たいてい単線のひなびた駅からローカルバス、町営バスと乗り継ぎ、さらに山道を数キロ歩かないとたどりつかない、交通の便の悪いところにある。 バスも年々本数が少なくなって、と町営バスの運転手は言う。数名の乗客は年寄りばかりで、今どうや、二千四百対何とかで激戦や、一票差や、と町長選挙の話をしている。途中、本道からはずれた集落に迂回しつつ、XXさんは最近また倒れたの、と運転手が話しかけた。おじいさんは、XXさんはずっと入院しちょらんかったか、と答えた。運転手は、一度高知の病院に入院したが、退院してしばらくこのバスで買い物に出ちょったぞ、それが最近見かけんの、と言って黙った。 次の村も鉄道の駅から民営バス、町営バスと乗り換えて町役場に出、さらに別のバスで山中に入る。橋のたもとでバスを下りたあと、川沿いに二時間弱山道を上った。家も畑もまったく見ない林の中を行くと、やがて目線より高く、山腹に集落が広がった。畑や耕作放棄された棚の間を、さまざまな方向へ急な石段が通じている。段畑の隅には村のやしろの札が立てられ、立ち寄った廃屋の戸口には蘇民将来子孫門也の札が貼られていた。お堂脇には平家落人集落の由来を記した立て札が倒れかかっている。はじめは無人に見えた集落だったが、畑の畦に入ると、こんにちは、とお婆さんが声をかけてきた。焼き畑はもうやっていない、最後に焼いたあと檜や杉を植えていった、檜や杉は燃えやすいから火を出すわけにはいかない、と言った。そして、今木材は安いがこのあとどうなるんだろうか、と呟いた。昭和三十年頃、村は萱葺きから瓦葺きに変えたが、下から瓦を歩いて運んだ、一回に二十五枚づつ何度も、やはり茅葺きは一旦火がつくと一気に燃えるからね。最後に残った孫がこの前学校に通うため高知に下りたが、ここで生まれたのになんでここで生きていかれんの、と言っていたよ。そういえば林業組合に外国人が来たよ、役場からこの村の小学校跡まで自転車で来て、そのあとはバイクで登ってゆくんだ、すごいよ、自転車のが気持ちいい、て、木を切るのも電ノコでなくナタで切るよ、仕事のあとは奥さんの母親の車椅子を押して散歩してる、よくやるね、てみんな感心している。 次の村を訪ねるため、橋まで戻りバスに乗る。やはり乗客はお婆さんばかり、一人手術をしたのか顎のないお婆さんがいた。途中一人また一人と降りてゆき、そのお婆さんと二人残り、終点で一緒に降りた。彼女は荷物を背負い、カゲジXX線林道と書かれた道を杖をついて下って行く。この先、川までおりてまた山をのぼったところに集落がある。本道を峠へと登る私が下へ向かって声をかけると、おういと返事があった。 (カゲのつく地名は焼畑村の斜面でよく耳にする) (『すい星』十号掲載) 付記:(1998年) 仁尾ガ内で聞いた話の続き。雑穀は昔は作ったけど今はほそぼそだ、畝はたてずに適当にぱっぱと蒔く、小豆とキビを混ぜて蒔く、昔からそうだ。米やトウモロコシでもそうだが、タカキビも苗をたてて30cmくらいになったら上をちぎって植えかえる。三角形に植えて昔だったら中央に肥やし、今は化成をやる。そのまん中の土地は土寄せにも使うので、水と肥料がたまる。マルチはするが、藁がないので草でする、ちゃんと草刈り用の場所があって皆そこから刈って来る。雑穀の精白所は下の町にある、昔は水車だった。 椿山で聞いた話の続き。焼畑をやっていたところは向かいの山、植林されたところ全部、どこでも。その指さす先はかなりの急斜面だった。向かいの山へゆくには、いったん谷を下りて川を渡るかぐるっと奥へ回るかしかなく、大変だったという。穀物は重いですよねというと、「重い重い、大変だった」。精白は水車で、神社のそばに今でも残っているのではないか、という。 須崎駅から檮原へのバス。しばらく川沿いの道をゆっくり登るが、桂集落へ向かって急な登りになる。集落自体が山上近くに位置し、雲上の村のよう、村を抜ける道も家と段段畑の間を縫ったヘアピンカーブの連続だ。向かいの山並みも、中腹に田畑と人家が見え、下のほうは森林に覆われている。川ぞいの集落に見慣れた目には、なかなか不思議な光景だ。 瓜生野から水押まで歩いたときの話。バス停にいたおばさんも、昔はこのへんでも焼畑をやっていた、という。その指差す先は、やはり傾斜60度、70度にすら見えるところで、あんなところでですか、と聞くと、あのくらいでもトウモロコシとか植えたのだという。このおばさんからは古いモチタイプのトウモロコシの種をもらった。瓜生野から水押へ抜けると愛媛県に出る。県境はトンネル。道端にときどき、丸太を利用した蜂の巣が置いてあった。 旅行記事に戻る [国内旅行] 雑穀関連 [雑穀栽培] [写真] [就農者訪問][栽培日誌] 『すい星』発表作品 |