ミャンマー旅行記(2000年)

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3.雑感

 カレン族の人たちは現実的というか、プラグマティストが多い気がした。エコロジーだのXXからの解放だの、その手の理想や思想をプロジェクト活動の理由にあげない。

理想を語るのが好きで、しゃべってばっかり、というタイプの人にも会わなかった。どちらかというと企業家のように、現実問題としてどうしたら生活水準をあげられるかを実務的に考え、取り組み、実践している様子が感じられた。

欧米とのつながりもあるし援助も受けているようだが、欧米のNGOで流行っているスローガンを特に口にすることもなかった。

ビルマ人もそういう感じなのかどうかはよくわからないが、ビルマ人も議論好き演説好きというよりは、黙々と働く不言実行型のように見えた。

XX主義だのエコロジーだのがそこら中ではやっているようにも見えず(その手のスローガンも町中になさそうだが、英語表記が少なくビルマ文字はわからないので確実なことは言えない)、やはり理想に熱く燃えるよりも、現実的な人たちなのかもしれない。

 ミャンマー旅行の印象とは少々異なるのだが、今回の旅行でもっとも印象に残ったのはタイの変わりようだった。

カルカッタや中国社会も十数年前とは大きく変わっていたが、その変わりようを見てもまだ感傷を感じる段階ではなく、むしろすごい、良くなった、と興奮を感じた。

それがタイでは、80年代に取り組んだNGO活動に抱いていた何かが、これで終わったな、という印象が強くした。

半日だったので、もっと長く滞在して奥までのぞけばまだまだと言える面を見るのだろうが、それでもおおまかな面では東京と変わらなくなり、きれいさっぱりしてきており、その印象が大きく覆えるようなことはないような気がする。

物売りなど、アジア的猥雑さとゆったりした豊かさが消え、物の豊富な美しいのっぺりした都会になった。

これが”開発援助”のめざしていた着陸地点だったのだろうか。

当時、特に具体的なイメージもなかったし、先進国並の生活レベル、教育のチャンス、情報へのアクセス権を求めればこうなるのだろう。

発展中のものを見るのは楽しい。勢い、元気、活気があるし、モラルや規律もある。かつての日本がそうだったし、今の北京、カルカッタがそうだ。

バンコクはそこから少し進み、ワンラウンド終わっている気がした。

”開発援助”の真の行き先はどこにあるのだろう。

その先にはあるものは、ひょっとしたら某少年犯罪や、新興宗教や自己改造セミナーがないと不安な人々、ストーカー事件のような閉塞した自家中毒を起こしつつある世界なのかもしない。

本当にこの方向で良いのか。ほかにもうワンラウンドあるのだろうか。

もしあるとしたら、それを選択するときには、理想や主義の美名やイメージに惑わされず、長い目での影響を見据え、しっかり目を開けて見極めなければならない。

ヤンゴン市内にて



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Last updated:07/02/03 .  First uploaded:01/12/03 .  ©1999-2010 XIER, a division of xial. All rights reserved.