タ イ 旅 行 - チェ ン マ イ: ワ ッ ト


2008年 1月          

 チェンマイはランナータイ王朝が開いた街。ランナータイ王国は、メンライ王が西暦1292年(1296年の説もある)に建国した国で、最初の首都をチェンセンに開き、次にチェンライ、さらにチェンマイに遷都した。もともと雲南に近いところにいたラオス系の民族で、洪水が多いため南へ下がってきたという。
 その後、ランナータイ王朝はスコタイの頃まで続くが、ミャンマーの支配下に入った。この頃作られた仏像は、ミャンマーの影響を受けたものが多い。
 1939年、タイ王国に完全に併合される(南北の統一は、意外に最近のこと)。

 ランナータイ王家は今でも続いているが、普通の人になっている。ナ・チェンマイという苗字が王族であることを示す。王家は、スコタイまでと、その後と2系統あるという。ラオスの王家とランナータイ王家とは親戚の間柄。

 ガイドの話では、チェンマイにはラオス系の人が今でも多く、彼自身もラオス系。言葉はラオスと似ており、食べ物もバンコクとチェンマイとではかなり異なるそうだ。
 タイ王国に併合されたが、みな独立は考えていないという。ラオスと一緒になることは、経済事情などからも難しい、と言っていた。

 チェンマイには、タイ文字と異なるランナー文字がある。お坊さんが仏典を読むために使用する文字で、普通の人は読めない。タイ文字とランナー文字は、クメール文字とムアン文字から来た。現在のミャンマー文字はムアン文字から来ている。ムアン文字とは、古いミャンマー文字のこと。



スアンドーク寺院

 1383年、ランナータイ王朝6代目のクーナー王が開いた寺で、ステイドープ寺院で増えた仏舎利を収める。




 境内の白いチェディには、ランナータイ王家の遺骨が納められている






右は高僧の写真


本堂には、500年前の青銅製の仏像が安置されている。ミャンマーの影響を受ける前の、ランナータイ古式。






ドイステープ寺院

 標高1767メートルのドイステープ山の中腹にある寺院で、1383年クーナー王によって建てられた。白象が仏舎利を背負って山頂まで運び、そこで倒れて死んだという。
 寺院へゆく途中に王家の離宮がある。

 寺院の入り口から306段の階段を上るが、ナークの背を上る造りになっている(写真右下)。エレベーターもある。
 ナークとは河の神で、ガイドの話では竜とも異なる重要な神で、街を作った神だそうだ。チェンマイのワットには必ずいるようで、口から竜を出しているが、竜の数は1、3、5、7、9と必ず奇数になっている。

 写真右の黄金のチェディに仏舎利が収められている。




回廊にある仏像は、ランナータイの古式仏像。丸い顔、短い袈裟、左足を上にした足の組み方、
右手を膝に置いた姿が特徴。





国王の姉が亡くなって一週間ほどの時期だったため、あちこちで弔問用の祭壇が設けられていた。
右は高僧から魔よけの白い紐を結んでもらう人たち。



 仏舎利を山上まで運んだという伝説の白象。





ワット・プラシン

 北部で最も格式の高い重要な寺で、1345年に5代目のプーユー王が建てた。建物は400年前のものだが、セイロンから来たという1200年前に作られたプラシン仏を祀っている。木彫で漆と金箔が施されているそうで、普段は一般公開されていないが、花祭りのときは開帳して水をかけるそうだ(重要な木彫仏に毎年水をかけてよいものか気になるところが、一方、信仰は生きているものだから、ただ飾っておけばいいものでもないと思うため、複雑)。
 タイでは、通常、仏像はブロンズかレンガ造りが多く、木製は少ない。ワットも基本的にレンガ造りが多い。

右は当時の様子を描いた壁画。男は刺青をしており、女は上半身裸、タマリンドの豆の皮をバナナの葉で巻いた葉巻を吸っている。ガイドの、田舎に住むお婆さんもこうした葉巻を吸っていたそうだ。
 壁画は有名な画工の手によるものだというが、簡単に手に触れるところにあり、フラッシュを焚いた撮影も制限なし。ところどころ剥がれ落ちている箇所もある。

左はレプリカのプラシン仏。






一頭の竜を口から出すナーク





ワット・チェディルアン

 ワット・チェディルアンは9代目ティロカラート王が1411年に建てた寺で、ワット・プラシンについで格式の高い寺。
 バンコクのワット・プラケオにあるエメラルド仏は、かつてはこの寺にあった。エメラルド仏はもともと、古都チェンセンでみつかり、その後チェンライ、チェンマイと移動し、しばらくラオスに鎮座。その後、トンブリ王朝に取られてバンコクへ行った。トンブリ王朝は戦争好きで、現在のタイの基礎となった国。





 このワットは、建設当時86メートルの高さがあったが、1545年の地震で倒壊して、その半分になった。
 その後、日本やユネスコの援助で修復され、現在の高さは60メートルほど。

 寺の一角に「モンク・チャット」と英語で書かれたところがあり、若い仏僧が外国人観光客相手に話相手
 になっている。ガイドはこうした仏教学校で、日本語を学んだそうだ。かつては、貧しい家庭の子弟が勉強しようと思うと仏教学校しかなかったため、こうした学校を辞める人は少なかったが、今では規律が厳しいことから辞める人が多いという。





ワット・チェンマン

 ランナータイ王朝の初代国王メンライ王が建てた、チェンマイで最も古い寺で、1800年前の水晶仏と2500年前の大理石仏があるという(ガイドの話)。

 この南西が安宿街になっていた。





街中の小塔




チェンマイ市内   モン族/象キャンプ   バンコクのワットと街




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