ミャンマー旅行記(2000年)

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*C バガンの歩き方

 バガンについては事前によく知らないで来たため、大小のパゴダが潅木がまばらに茂る荒野にニョキニョキ立ち並ぶ景観は予想外で、感動的でもあり奇観だった。

晴れて青空だったのできれいだが、どんより曇っていると結構不気味な光景でもある。

基本的に廃虚。

大きさも人丈くらいの小さなものから巨大な寺院まで、色も白、レンガ色、黒ずんだ色、形も丸っこいもの、ヨーロッパの尖塔寺院のようなもの、ピラミッド型、四角いイメージのもの、とさまざま。












建築学的にきちんと分ければXX時代のOO式等あるのだろうが、同じ様式のものがそれぞれ一カ所に集中して建てられているのではなく、脈絡なく混在している。

しかもお互いそう離れていない(隣のパゴダまで数十メートルくらいのことも多い)。

造りは意外に繊細、精緻で、チベット、ラダック等よりもはるかに完成度が高く、破綻のない美がある。

技術的にも高度。時代的には日本の鎌倉時代頃のもので、元の侵攻で滅びた。

これだけ数があると、最後の頃に(特に小さいパゴダを)作った人はどれが自分のパゴダかわかったのだろうか、たどりつけたのだろうか、最後の頃は古いパゴダの間にどういう心境で建てていたのだろうか、とその動機の方が謎に思えた。

以下に訪問したおもなパゴダを紹介。

1.ロカナンダパゴダ

 イラワジ川沿いにあり、川岸には玉葱畑。仏教画売りが大勢おり、その場で描いて見せていた。


2.ミンガラゼディ

 赤レンガ造りのパガン王朝最後のパゴダ。

ピラミッド型で急階段を登りつめると、バガンをはるかに見渡すことができる。

林業家の人が、このあたりの低木は皆植林だな、濃い緑の木は緑化を図るため外から持ち込まれた外来種だ、そのうちあたりを席巻するかもしれない、と言っていた。

メッティーラからの丘陵地帯についても、昔は木があったはずだ、それが現在の光景になったのはここ最近のことではなく、おそらく千年単位の結果だろう、と言っていた。


3.アーナンダパヤ

 70mある高いパゴダ。

技術を他へもらさぬよう、このパゴダを建てた労働者の指を切ったという。

多くのビルマ人がお参りに来ていた。

バガン周辺の人も多いのだろうが、結構遠くから観光に来ているビルマ人もいるようだ。

その余裕はあることになる(文革中の中国だとありえなかった)。

ビルマ人観光客がカード4枚セットを50チャットで買っていた。

近くの別のおみやげ物やで聞くと、100チャットと言うので外国人には大体倍に言っているらしい。

寺院のアーケードの参道にはさまざまなおみやげ物やが並び、いかにも団体旅行で来ました、という感じのかしましいビルマおばさんグループが、あるラッカーの店であれこれ品定めしていた。

あまり模様のないラッカーの小箱50チャット、小型のラッキーバードを50チャットで買っていた。

潮が引き上げるようにおばさんグループが去った後、同じ店で同じ物の値段を聞くと100チャット、と言った。

さっきあの人達50チャットで買ってたよ、と言うと、あれー見られてたか、と苦笑いしていた。

ラッキーバードは可愛いので50チャットで買った。

 外には絵描きの男の子がいた。仏教画を描いて売っている。着ているニセのラコステTシャツは近くのニャンウーで1300チャットで買ったという。金のネックレスをしており、ビルマ人は金が好きだとのこと。

腕の入れ墨に目をとめると、足にもしている、と見せてくれ、例の8曜の自分の曜日の入れ墨だと言う。


4.シュウェジゴンゼディ

 ユーコさんがゼディとパヤの違いをシャカウィー氏らに尋ねたが、わからなかった。

中国人の団体がいた。聞くと北京から来たという。

シャカウィー氏は台湾と北朝鮮はこの国に入れない、と言うが、知り合いの台湾人はミャンマーは大丈夫、団体観光客もいっぱい行ってるよ、と言っていた。

ひと昔前には信じられない話だが、今では台北−平壌間の直行定期便も飛んでいる、今台湾と仲悪いのはむしろ韓国、とのこと。

国際政治は有為転変、奇々怪々。

中国人団体には、緑のロンジー、白のチャイナ風シャツの人たちが付いていた。

在住者の話では、外国政府の要人が来るとたいていこのいでたちの人たちが付き添っているのをTVで見る、という。おそらく公安関係者ではないかという気がした。MBCの人に聞いたが、ただのガイドだと言った。

ところで話しかけた中国おばさんは、北京語で話しかけたのに回りに目を走らせ英語で答え会話を続けた。

緑のロンジーたちにも話の内容がわかるように、だろうか。


5.博物館

 ここも外国人、在留外国人、ビルマ人とで入場料が違う。

 仏像、板碑が充実しているが、よくわからないのでざっと飛ばしてみる。パゴダを描いた絵画群ははっきり言って場所のムダのような気がした。

外は暑いので皆しばらく涼みがてら中で休む、というので、一人で近くのパゴダ群を見に行く。

博物館を出るとき、英語で外で写真を撮ってから再入場してもかまわないか、と入り口で聞くと通じない。

外を指さし「フォトフォト」と写真を撮るまね、指で戻る仕草をすると通じたらしく笑顔でOK、と言った。Aさんが東南アジアにいるとどんどん英語がブロークンに単語化してゆく、と言っていたが、さもありなん。

そういえば、コタビューのクリニックの看板に「LOVE CLINIC」とあり、これは英語が母国語の人には誤解されるぞ、とアジア学院の先生が言っていた。

日本語のナイター同様、ミャングリッシュ現象なのだろうが、最近アメリカではやりの漢字Tシャツにも謎めいたものがあるし、タイの日本語Tシャツにも「卵たちは未来を待っている」など、意味は通じるけれど日本人なら絶対こんな言い方しない、という不思議な日本語をよく見かける。

どうせ同国人向けのイメージ兼メッセージなので、これはこれで良いのかも。

 博物館の隣に大きな白いパゴダがあり、結構観光客が訪れていたのでそこへ行こうと思ったが、目の前の道をちょっとだけのつもりで入ってゆくと、次から次へと廃虚パゴダが現れ、こちらにはまってしまった。形も色も大小もさまざま、塔だけのもの、中に入れるもの。

人もみやげ物やもない荒れパゴダもなかなかすさまじくて良い。仏像はなかった。

 

最後、大きなパディニュ(タッピーニュー?何人かに聞いたが発音が捉えにくい)パゴダがあり、ここは新しい仏像が安置され、地元民が大勢拝んでいた。

先の荒れパゴダはナラオンションパゴダ(?)とか言っていた。

行けば行くほど次々パゴダが現れ、きりがないのでここらで戻る。地面は砂状で足がめりこみ歩きにくい。

パゴダの入り口はたいてい南向きだそうだ。



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Last updated:07/02/03 .  First uploaded:01/12/03 .  ©1999-2010 XIER, a division of xial. All rights reserved.