ミャンマー旅行記(2000年)

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2月15日(火)

チャンタービーチ

 7時に宿を出て車で西へ向かう。 案内はシャカウィー氏やヂャムー氏、ソーラピー氏ら。

ヤンゴンの南西部にきれいな工業団地が広がる。そこを過ぎると田圃が広がり、田植え、青々と茂った田、稲刈り、稲刈り後の株が並んだ田、とすべてが同時進行。また夏は田圃で冬は畑にしているところでは、ひまわり、ピーナツ、大豆、瓜の一種の畑が広がる。

ピーナツは収穫時期で、瓜は棚にして栽培していた。 道路は回りより少し高く盛土された上を走っている。

田圃の手篭潅漑を見かけたが、車のモーター潅漑も多い。10年前にお坊さんたちとタイ東北地方を訪ねたユーコさんは、東北タイではモーター潅漑などなくもっと貧しい感じで、皆あきらめている様子だった、と言っていた。

  

パテインへの道、左は手籠灌漑

 トンチーへの行き帰りにも見かけたが、あちこちでパゴダの修復の寄付をつのるお姉さんや子どもたちが、アルミのお椀を叩いていた。*7

 韓国の現代グループの広告のあるY字路を左へ曲がり、新大橋へ。昔はフェリーでイラワジ川を渡ったそうだが、この大橋のおかげで2時間短縮されたという。ただ一部未舗装の部分があり、すごいほこりだった。

利根川大橋のような新橋を渡り(歩いている人もいる)、10時頃パテイン着。

 パテインに入るときに、外国人登録の必要があった。これに時間がかかり、コンピュータがないとか言っていた。

 Ko Tka Byu Theological Semetryを訪問。コタビューは、200年前に初めてクリスチャンになったカレン人の名前で、神学校とトレーニング施設があり、カレン織の研修をやっている。

このあたりには250の教会がある。翌日正式に訪問するため、12時のフェリーの時間に合わせて船着き場へ。

パテインはイラワジ州都で大きい町だった。入ってすぐのロータリーに農民、兵士、労働者などを従えた鎧姿の人物の銅像があり、統一を象徴しているという(一応かつては社会主義国*8)。

傘で有名な町で、和傘のような傘を売る店をよく見かけた。パテイン近くでマングローブの林を見かけた、と一行の中の林業家が言っていた。

 カーフェリーでイラワジ川の支流を渡る(パテインからビーチ側へは8、10、12、14時発、逆は9、11、13、15時発)。ほとんど甲板だけのようなフェリーで、トラック、バス、乗用車がぎゅう詰め。皆日陰を求めて車や壁の陰に座り込んでいる。

中央に物見櫓のようなブリッジがかかっていて、ブリッジの中央に運転席があり、その両側から川面を見渡せる。眺めはいいが、日差しが暑い。

  

川そのものは15〜20分で渡りきるが、車の出し入れ、特に対岸側の接岸箇所から道路までの登りが急で、小型乗用車は底を擦ったり立ち往生していた。

毎回この騒ぎならなぜ整備しないのだろう、という人もいたが、雨季のあと土砂がたまって結局元の木阿弥になるのではないか、相当お金をかけて日本の河川のように全流路を護岸工事しない限り、恒久的なものは作れないのでは、という気がした。

ミニバスも乗客が乗ったまま一気に加速して登り切るからすごい。

 船着き場のカレー屋さんで昼食。この店のトイレも、トンチーの養魚施設のトイレも、水で流すインド式トイレ。

 ここから先は丘陵地帯

パテインから37キロの山道を行くが、けっこうローカルバスも通っている。風景は日本の低山に似ている。山田は一期作のようで青い田は見かけなかった。
 写真にあるように、橋や村の入り口には遮断機があり、料金所が儲けられている。*4

たまにナタを持って歩く人とすれちがう。時折、車道から村へ入る細い道がある。丘陵地帯ではパゴダ寄付の人たちはまったくいなかった。

村の家は高床で、大八車を置いている家も多い。細い材木を切り出して積み上げている村も多く、林業も生業の一つのようだ。森に詳しい一行の一人が、おそらくココヤシで生計をたてているのではないか、と言っていた。

 下りが続くとロッジ群が見えてきて、ビーチに到着。

遠浅の青いインド洋の海が広がるリゾート観光地なのだが、閑散としている。白人観光客が三々五々浜辺を歩いている程度で、なんだか寂しい。草で編んだ帽子などの物売りもいるが、全然しつこくない。

ここからさらに車で30分行ったところによいビーチがあるが、外国人は入れないという。また、2時間ぐらいのところに新しいビーチを開発中で、ここは外国人も入れるようになるという話だった。

若いS子さんたちはTシャツのまま海に入っておおはしゃぎ。MBCの人たちは、まだ建設中のMMS(ミンミンソー)ホテルに案内してくれた。Mr.ミンミンソーはDr.の資格を持つノン・クリスチャンの少数民族だと言っていた(民族名は忘れた)。

外国人は1泊7ドル、ミャンマー人は1コテージ3000チャット。

連盟の人たちは村にあるMBCのゲストハウスに泊まった(外国人は泊まれない)。軍がやっているゲストハウスも多いという。

 

右はビーチにあった不思議なパゴダ

 近くの村まで歩くと(右写真は村への道)、帰りのバスの座席を登録してくれ、と男の子たちが寄ってくるが、Aさんがシーデー(もうあるよ、というビルマ語らしい)と言うとあっさり引き下がった(近くで椅子を出して涼んでいる人たちは、「彼らはbad boysだ」と言ったが、これでbad boysならインドはどうなるのだろう)。この他、1泊5ドルの宿を紹介する少年も来たが、もう決まっているとわかると宿名のカードをくれてあっさり去っていった。


村には貝殻細工のみやげ物店が多い。市場では野菜や干し魚を売っている。紐状の植物の浸かった茶色い液体の入ったビニール袋があり、何かと思って聞くとシャンプーだと言っていた。

右写真は市場中央の広場で凧を揚げて遊ぶ少年たち



 稲刈り後の田圃には牛が放牧され、村のパゴダでは年老いたお坊さんが寝椅子に横になっていた。

運河沿いにゴミの散らかった多少スラム街のような地域があり、その一本内側は竹で編んだ壁と、竹やヤシ屋根のこざっぱりした家々が並んでいた。

大抵の家の庭の東南側に祠があり(これはトンチーへ行く途中の道沿いでも見かけた)、興味を持って見ていると、家の人が手招きをした。

祠の中を見せてくれ、水牛の角を被り両手に魚を持った女神が2体の小さい神を従えている。
ブッダ?、と聞くと首を振り、ナッ?と聞いても首を振る。
ナンカライメドーだ、と答え、Aさんがメドーは女神の意味だ、と言った。2体の神像は息子だという。

家の人たちは多弁ではないが、一生懸命説明しようとしているのが伝わった。

写真も快く撮らせてくれた。あとでMBCの人たちにこの女神のことを(家の人が書いてくれたビルマ語表記を見せつつ)尋ねたが、「地元の神様じゃないか?」と、やはりあまり詳しくない。

ナカライメドーの祠

 夕食は浜辺の店で海魚や野菜を焼いた料理。電気は夜6時から朝6時半までの計画停電。

 食後にヂャムー氏と色々話す。彼はシャン州の人で、ヤンゴンの連盟で5年の任期を勤めたあと、またシャン州に戻るという。祖父は中国人で雲南省には親戚がいる、中国語も少しわかるし漢字も多少読める。故郷のラショーからは3元払うと中国にビザなしで入ることができ、雲南、昆明まで行かれる。1カ月滞在する場合は40元(60元?)払う。

 中国でシャン州の人たちがお茶の葉を買っているのを知り、茶の種を中国から持ってきてラショー周辺の34カ村に配って栽培し、うまくいっている。北部の州は、阿片とルビー、砂金の豊富なところで、ルビーをめぐっての喧嘩もある。

農業は焼き畑で、陸稲、雑穀、大豆、トウモロコシ、サツマ芋を栽培している。4月に薮を切って焼き、雨季の6〜9月に栽培。火は上からつけて焼く。周期は最低4年。

北部の州では、6〜9月が雨季、10〜1月が冬、2〜5月が夏で平野部と多少季節が異なる。麻薬は10〜2月に刈り取り、種に傷をつけて滲みだした汁をとる。

 国境貿易はさかんで、少数民族側からは阿片、中国、タイ、ラオスからはテレビ、ラジオのバーター貿易。ほんの少しの阿片でテレビが買えるという。

中国、タイからノービザで入る人たちは、マンダレーまで来られるが、お金さえ払えばヤンゴンまで来られる。 中国人はこの国に大勢いる。

 ヂャムー氏の名前は、ラフ語でジャはMr.、ムーは馬の意味だそうで、普通生まれた干支とジャを組み合わせて名前になる。女性はナと干支を組み合わせ、ナファ、ナムーとなる(ということは12人に一人は同じ名前になるが?)。

ラフ族の人たちは正月は旧正月で祝う。

 実はヂャムー氏の名前は、正式なビルマ式英語表記ではチャムー(Kya Moo)となっている。それでアジア学院関係の人達はチャムーさん、と呼んでいたのだが、彼自身の発音を聞くとヂャムーと聞こえたので、ここでもヂャムーを使用している。

この名前のつけかたの話を、アジア辺境ライターとして有名なラフー氏にメールで報告したところ、タイのラフ族の村はおそらく村長の名前をとって、ヂャムー、ヂャボー、ヂャトー、ヂャレーなどの名前がついている、チャムー氏も本当の名前はヂャムーまたはジャムーではないか、という指摘があった。このとき、おそらくチャムーはビルマ語式発音(表記の関係か何かで)ではないかと感じた。

チャンタービーチの村のこざっぱりした家々



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Last updated:07/02/03 .  First uploaded:01/12/03 .  ©1999-2010 XIER, a division of xial. All rights reserved.