ミャンマー旅行記(2000年)

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2月17日(木) 

イエジンへ

 この日からイエジン、メッティーラからバガンを車で回る旅に出る。S子さんが見送りに来てくれた。彼女はこれからミャンマーを出てタイへ行き、東南アジアを一人で回る。一人旅になるせいか涙ぐんでいた。

一方こちらは、いらない荷物をホテルWindzorに預けて、3泊4日の旅に出発。

 7時、ヤンゴン市内を抜けて一路北へ。8時頃、托鉢僧がさかんに行き交っている。田の広がる一帯に林が島のように浮かび、林の中に村がある光景が続く。村には必ずパゴダがあるようで、道路が村を突っ切っると必ずパゴダお姉さんたちが道路端でアルミ椀を振っている。

拡声器から賑やかな音楽が流れ、男性が何やら喋っている。ユーコさんは「たかが5チャットのために事故にあっても」と風に飛ばないよう折り畳んで投げていた。パゴダお姉さんたちも心得ていて、車が途絶えたところで拾っていた。

パゴダお姉さんには若い女の子や子どもが多いが、たまにおじさんもいる。午後になると日陰で休んでいることが多い。

このあたりは、夏作も水田をやっていた。

巨木を積んだヤンゴン行きのトラックとよくすれ違う。どの丸太も直径2メートル以上あり、シャン州や北部の州の木を伐採して運んでいるという。

 8:15、バゴー通過。有名な寝仏がある。バスがよく走っている。現代(韓国企業)のバスが多い*11

 再び農村に入り、水田、ピーナツ畑、ひまわり畑が続く。たまに野焼きのあとがある*12

ヤンゴンに近いところ、バゴー周辺、ピーの南では野菜栽培もさかん。よく支柱を組んで瓜類を育てていた。車の中からはよく見えなかったが、キュウリかもしれない。

小さい田圃で苗代を作っており、牛避けの柵をめぐらしていた。天秤の両側にじょうろを吊るして水やりをする光景もよく見かけた。道路の両側には街路樹が続く。

 9:10 ベグメドー(Bagu medwe)村の茶店で一服*13。大勢お坊さんが托鉢している。

お坊さんの持ち歩く団扇の内側にはチャックがついていて、あとでお坊さんに聞いたところ、お金を入れておくのだという。

ここでも、ナカライメドー神(ンが抜けて聞こえた)を奉った祠が家の前に建っていた。

 いったん出発するが、MBCのバンの調子が悪く、運転手が修理を始めた。モンゴルの自動車教習所には修理課程もあり、それをこなさないと免許がとれないと聞いた。JAFは来ないし、自力で修理できないと大変だ。

 この間、近くの田圃を見る。このあたりは手植えで、30センチくらいで穂が出ている。もみだけで実の入っていない穂も多く
「なんだこれ?あきらめちゃったのか?」
と米農家の老人と指導員経験のある人が不思議がっていた。
その隣の田は青々とよく育っており
「不思議なところだねえ」
と言っていた。

 道路の土手下あたりに人工的に掘られた穴がいくつかあった。林業の仕事に長年関わり、アフリカでの海外協力経験も長い人が「これは砂が欲しくて掘った穴だろう。雨季のあるところは、砂が下に沈み、細かい土が上に上がって固まって層になる」と言っていた。

道路脇の街路樹も牛に食べられぬよう回りを柵で囲ったりしている。しばらく貧弱な街路樹が続く。

 道路の左側に、少し離れて平行して鉄道が通っており、平原の中をちょうど列車が通りかかった。

十人くらいで立って見ていると、向こうもこちらに気付いて、手を振って汽笛を鳴らした。

 刈り取り後の田では、牛や水牛が藁や株から出た新芽を食べている。子どもが番をしていることも多く、何となく童話の世界を思い出す。日本ではもはや実感がない、本の中だけの話だが、世の中には牛追いの少年少女がまだまだ存在して生活している。基本的に水牛は水田耕作用で、牛は畑を耕作するようだ。

 10:30 再び出発。畑で草取りやピーナツやいんげん系の豆科の収穫をしている人たちを見る。

しばらくゆくと今度はキャベツ畑が広がった。高畝にした上に2列に植えていた。かかしを見かける。

ヤンゴン−マンダレー間は道路がいい、と聞いたが、けっこう工事中のところが多く、そこをよけたりするのでガタガタする。車線を増やすため、橋の掛け替え工事も多い。車が増えているのだろう。

たいてい橋は一車両しか通れないので、対向車を待つことになり、橋でいつも渋滞していた。

当初直進を避けるためにわざわざ一車両にしているのかと思ったが(東北インドなどはその発想あり)、「お金がないだけだよ、きっと」とユーコさん。

鉄骨の上に板を渡しているだけの橋も多く、そろそろと渡る*14

工事には地元の人がかり出されているようで女性も多い。日本も田舎の道路工事には女性が多い。以前フィリピンから来たアジア学院の研修生が、
「日本の女性は働き者だ。道路工事をやっているのをよく見る。フィリピンでは女性はあまり肉体労働をしない」
と驚いていたが、実際には農村のしかも年輩の女性だけ(最近ガテンの女も増えているが)。

橋、村の入り口には例の料金所が多数。*4

 11:00 駅のある町Nyaunglebin通過。

そのすぐ後にインド人村があり、村中インド人ばかりだった。サリーを着たアーリア系の顔立ちで、家も高床でなく地べたから直に壁が建っている。竹で編んだ壁の模様も竹の表裏を利用して大きな菱形の文様をつけたり、ビルマ族の模様とはかなり違う。

この後、Kyauk Taga村、Penwe gon通過。

 12:30 Peweume(?)村の道路脇のレストラン(ビルマ式ドライブイン)でビルマ料理を食べる。トイレはどの茶店やレストランでも、個室の高床、水で洗うインド式で、穴の並ぶ中国のトイレよりも清潔できれい。

近くの村を少し散策する。煉瓦屋(写真下)さんと雑貨屋(写真煉瓦屋下)以外は竹の垣をめぐらした農家。

写真を撮ってもOKか聞くと、必ず笑顔でうなづき嫌がらない。警戒心もバクシーシもない。レンガ屋はこのあと休憩や昼食に寄った村でよく見かけた。レンガの中央にいくつか穴が開いているのは、中がよく焼けるようにするため。





   

村中の道

 1:30 出発。右手にシャン州の山並が見えてきた。シャン州には野生の象がいるという。

ひまわり畑(写真右下)が続く。燃料不足と聞く割にはバスがよく走っている。外貨準備高が少ないだの国庫が破産状態だの聞く割には、モンゴルや北朝鮮のようなことにはなっていないようで、基本的に豊かなのだと感じだ。

1995年当時のモンゴルの燃料不足は深刻で、物理的にバスが走れないでいた(今では公共バスでハラホリンまで行かれるようになったと聞いた)。国としては破産していても、国民的にはバーター貿易密貿易その他勝手にうまくやっているのかもしれない。

Aさんの話では、ミャンマーは東南アジアのごみ捨て場と言われている、ケロッグその他何でも一応入ってきてはいるが、期限切れの商品も多い、と言っていたが、モンゴルを見た後だと期限切れでも何でも”物がある”だけすごい、とにかく入ってきている、ということは粗悪品でもとにかく買えるんだよね、と思えてしまう。

 道路脇の水路に転落している車を発見。しかしこれが今回の旅で見かけた唯一の事故車だった。インドよりもはるかに安全とみた(運転もおだやかで、中国のようなむしろを掛けられた犠牲者もまったく見なかった)。

 道中、得度式の御一行に遭遇。

5歳くらいで式を行うそうで、着飾った少年が馬に跨り、父親や家族、村人たちが大勢行列で練り歩いていた。

 2:40 Toungooのガソリンスタンドで給油*15。じょうごで入れていた。

カメラ片手に下りると、写真は不可、とスタンド脇の制服の人。

ユーコさんが「国家機密、国家機密」と冗談ぽく笑う。

インド等では写真不可の大きな橋(ex.イラワジ新大橋)ではOKで、ユーコさんがヤンゴンの庶民的マーケットで写真を撮っていたらやはり制服が来て阻止したという。普通と逆のようだ。
「汚いところはダメで、きれいなところならいいんじゃないかな?」

 二時三時頃、ひなたはかなり暑いのだが、それで土を掘ったり、荷を引いて移動したり、歩いている人が結構いる。道路に盛り土をしたあとの両脇の窪みには水がたまっていることが多く、水牛を洗う子どもがいたり、網で魚を掬う人がいたり、そしてなぜか土を掘っている人がよくいた。

 3:30 休憩。

 4:10 韓国と合弁の製材工場(下写真)があり、そこを過ぎたあたりから丘陵地帯に入った。潅木が多くなり、田もあるがサトウキビ畑をよく見かける。 右手にサトウキビ工場。 サトウキビ畑は田の畦がなく、裏作ではなく常畑のようだった。

この丘陵地帯の入り口でパゴダ寄付を見て以降、この日はパゴダお姉さんたちを見なかった。

左に鉄道の駅があった。お墓をよく見かける。*18

シャン州側の右手が高くサトウキビ畑、左は低地で田圃の景色が続く。

(右写真はさとうきびの苗)

 5:00 再び平地に入り、豆科の作物を植えている。家の屋根は粗いサトウキビ葺き。

 

豆科作物の畑

ヤンゴンを離れるとあまり太い木を見かけなかったが、このあたりから大きな街路樹が増え、田畑の中に、つくつくと木がまばらに立っているちょっと不思議な光景になる。昔は森だったのだろうか。手押しの田植機で田植えをしていた。

 5:30 ピーマナ着。大きな町で、ここでまた給油。材木の前に前脚をかがめた象と象使いの石像があり、林業がさかんのようだ。右手に再びシャン州の山並みが連なる。ピーマナの手前より馬車が増える。

 下の写真は Peweume 村の農家



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Last updated:07/02/03 .  First uploaded:01/12/03 .  ©1999-2010 XIER, a division of xial. All rights reserved.