東 地 中 海 ク ル ー ズ
トルコ(エフェソス)

2014年 4月

 東地中海クルーズ旅行4日目。エーゲ海を進むが夜間のため島々はあまり見えず。トルコ東海岸の中核都市イズミールへ。


イズミール(トルコ)入港


朝8時半入港

イスタンブールも同様だったが、港湾の突端、目立つところに翻る赤い国旗が印象的

なお、トルコは統一通貨ユーロに未加盟だが、
ユーロは使える(受け取ってくれる)

イズミールは紀元前3000年前から栄えた都市だが、今回はほとんど見ていない





エフェソスの遺跡

 エフェソスの遺跡は、クルーズシーズンになりイズミールやクシャダシの港に何隻も入るようになると、大混雑になるという。4月上旬はまだ大丈夫だった。
 下:ふもとのセルチュクの町。セルジュクトルコなど世界史で習ったが、このセルジュク朝トルコにちなんで町名を改名したのだという。丘の上に要塞が見える。





 エフェソスは古代港町として栄えた町。南から北へ抜けるルートで見て回った。有名な遺跡なので解説はざっくりと
左上:公衆浴場跡    右上、左下:バシリカ(ローマの列柱廊) 商取引や金融の中心地
右下:オデオン(小劇場) 1400人収容




左上:オデオン出口
右上:聖火をたやさなかったという市公会堂
左:下水溝保守のため敷石につけられた取手
下:遺跡猫




左上:途中に設けられた展望台からセルスス図書館方向を見渡す   右上:ドミティアヌス神殿(奥)
左下:重税に耐えかね反乱を起こした住民からエフェソスを奪還したローマのスッラを称えたメミウス記念碑(奥)。民主主義の現代の感覚だと逆の立場の記念碑が立ちそう。手前は何だったかメモがなく忘れてしもた
右下:勝利の女神ニケのレリーフ スポーツ用品企業ナエキ社のNIKEがこのニケから来ていると初めて知った




左上:ヘラクレスの門(南側から) 時間帯的に北から撮ると逆光で写りが悪く南から撮ってみた。像の彫られた北からの写真は多いので、南はちょっと珍しいかな、と
右上:トラヤヌスの泉 ドミティアヌスだのハドリアヌス(テルマエ・ロマエのあの方ですね)神殿だの、世界史で習ったローマ皇帝名続出の遺跡
左下:メインストリートのクレテス通り(奥がセルスス図書館)
右下:西の丘に並ぶ高級住宅街




左上:高級住宅の床のモザイク   右上:有名と思いますが、ローマ時代の公衆トイレ 水洗式
昔新潟出身の知人から小学校のトイレがこの形式だったと聞いた(もっと浅いが、常時水が流れていたとのこと)
左下:セルスス図書館 アレキサンドリア図書館と並ぶ世界三大図書館の一つだった(蔵書数については諸説あり)。この向かいに娼館跡あり
右下:アゴラ(市場)跡脇をひたすら歩きます。暑いです




左上:アゴラ跡を見下ろしたところ まだ修復途中のもよう   右上:有名な大劇場 2万4000人収容
左下:かつて港と大劇場を結んでいたというアルカディアン通り。ガイドの話によればアントニウスとクレオパトラも歩いた通りだとか。現在は海岸線が大きく変わっているので海は見えない                            右下:大劇場遠景




左上:北の出口へ向かう道沿い西側に並ぶ石 お金持ちのお墓と聞いた
右上:糸杉奥に見えるのが聖母マリア教会(聖母マリア終焉の地)?今回は寄れなかった。ただし18世紀末に修道女の言葉から”発見”されたものなので、本当かどうかの判断は信仰次第。

左下:このあたりでよく見かけたいちじくの木   右下:オレンジかオリーブの果樹園




上:農村風景         下:バスの車窓から   ギリシャトルコは岩山が多い





上:丘の上に立つ要塞か山城






出港


15時20分、イズミール出港







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