ア  メ  リ  カ   東  部

ボ ス ト ン と ハ イ ア ニ ス

2016年 9月

 エスタついでに、アメリカ東部ボストンとハイアニスに行ってきました。
 今回、途中でカメラを紛失したため写真がありません。盗難ではなく置き忘れで、山で雨にやられてもよいよう安物を使っているので、すぐにあきらめはつき、今回メジャーな観光地しか回らないので写真はなくてもいいか、とそのままカメラなしで過ごしました。
 ただ、写真がまったくないのも雰囲気が伝わりにくいと思うので、パンフレットから撮ったものを少し、参考に載せてあります。
 なお、どういうところか後から思い出すときのきっかけ用に、帰国後ネットで写真を探すと、今回訪問したすべての場所の写真が見つかりました。セーラムの「奥様は魔女」の銅像など有名ポイント、夕食で行ったレストラン、有名な店、スーパー、通り、公園、公園によくいたリス、よく見かけたアジサイ(日本のものより葉が肉厚)等、ほとんどのポイントや気になった物の写真が見つかり、またアメリカの美術館は写真撮影OKなのですが、自分の安カメラで撮るよりも良い絵画の写真をアップされている方もいます。もうこれは自分で撮らなくてもネットにアップされた写真を使えば旅行アルバム作れちゃうな、と妙に感心しました(あくまで個人用、また季節が一致しないものもあるのはご愛嬌)。
 まあ、あくまでメジャーなスポットについてで、あまり人の行かない秘境や独自のテーマで記録を残したい場合は、やはり自分で撮らないと、ほかでは手に入らないと思いますが。



このページ目次:  ハイアニス | マーサズ・ヴィニヤード島 | ニューポートのマンション | ボストン | セーラム

アメリカ編目次:  
  イエローストーン: ルーズベルトカントリー | マンモスカントリー | キャニオンカントリー
           レイクカントリー | ガイザーカントリー | トレイル
  グランドティートン: グランドティートン | ラフティング        ボーズマン

  西部国立公園:ヨセミテ | グランドキャニオン | モニュメトバレー | アンテロープ/ザイオン
           (サンフランシスコ | ラスベガス/キャリコ




ハイアニス

 ハイアニスはアメリカの富豪の避暑地。マサチューセッツ州ボストンの南東にケープコッドという半島があり、その中心となる町で、ケネディ大統領一家がこの地を愛し、休暇で頻繁に訪れた。今ではアメリカのセレブらが別荘を構えている。アメリカ人の間では、ハイアニスで休暇を過ごすことが一種ステータスになっているという。
 夏3ヶ月、9月まで賑やかだが、夏が終わると途端に閑散とする。冬は結構雪も積もる。

 時期もあるかもしれないが、ハイアニスとマーサズ・ヴィニヤード島では日本人観光客にはまったく会わず、中国人や韓国人の団体観光客も一切見なかった(留学生と思われる東アジア系の若者男子2,3人連れは数組見た)。基本、アメリカ人(それも主に白人)がゆく国内向け観光地、という印象がした。
 そのせいもあってか、治安はいい。いままで個人旅行を多くしてきたので、町の治安は皮膚感覚でわかるが、ハイアニスもボストンも、基本一人で歩いても大丈夫な町(もちろん、真夜中はわからないが、普通の夜なら大丈夫)。

JFケネディ博物館 ハイアニスの主要観光施設の一つ。中は、ケネディ一家の写真展示と映像放映がメインだが(地下に野球博物館もあり)、大型観光バスが続々到着して、アメリカ人観光客が大勢下りてきては中に入ってゆく。アメリカ人団体旅行で必ず寄る地、という感じ。未だ、ケネディ大統領の人気が高いのはなぜなのだろう。
 中では、案内係の女性がいろいろ説明してくれる。このときは母親ローズの写真を集めた特別展をやっていた。母親は名門の出の人。ケネディ家はマサチューセッツの出身、父親は貧しい出だが才覚で有数の銀行家となった。一時ニューヨークにいたが、当時アイルランド系でカトリックの人はニューヨークなどのゴルフ場の会員になれなかったため、マサチューセッツに戻ってきたという。
 ケネディは9人兄弟で、8人までが写った有名な写真もある(末っ子はまだ生まれていなかった)。長男(欧州で戦死)、次男JFケネディ、3番目の長女が障害があり、下の妹達の中には障害者のための仕事についた人も多い。7番目がボビー(ロバート、刺殺される)、末っ子テッド(エドワード)も政治家になった。ロバートを刺した犯人は、ケネディ一家が死刑に反対し今も刑務所にいるという。なお、JFケネディの長男もハイアニス近くの飛行機事故で亡くなっている。案内係の人は、ロバートかエドワード(メモ忘れ)の孫に将来有望で大統領候補の人がいると言っていた。
 JFケネディはハイアニスの海の景色を好み、家族で滞在した。今駐日大使のキャロライン氏も、JFKのレリーフのある海岸で走り回っていた、などの話を聞く。

ハーバー 港には、湾内クルーズ船、釣り船、ナンタケット島やマーサズ・ヴィニヤード島に行く船着場などがある。海岸沿いに小さなカラフルなコテージが並び、絵や衣服、アクセサリー、小物などを売るアーティストらが店を構えている。

ハイアニス・ハーバーには左の写真のようなヨットが多数停泊している。季節外は管理会社がしっかり管理してくれるという。
写真はマサチューセッツ州の日本語パンフレットより

JFKメモリアル 中心街から南のベテランズビーチを望む丘の上に、JFケネディのレリーフが刻まれたモニュメントが建っている。ケネディはこの海岸の景色を愛したという。
 そばには退役軍人のための記念碑がいくつかあり、韓国の国旗があったので聞くと、朝鮮戦争のときの退役軍人の記念碑があるという。

トレーダーズ・ジョー 成城石井のようなちょっと良い目のスーパー。ボストンにもある。ここのオリジナルブランドのチョコやクッキーがおいしいので、商社の奥様がご主人に頼まれて購入している、とガイド氏談。アーモンドやカカオ72%の板チョコがお勧め、と言っていた。クラムチャウダーの缶詰もある。
後記 トレーダーズ・ジョーブランドの板チョコ(かなり大きい)とクッキーを買って食べてみた。確かにおいしい。クッキーは、日本のちょっと高めのスーパーの輸入菓子売り場で売られているものと同じ味、チョコレートもクッキーも日本人でもOKの甘さで食べやすい。


マーサズ・ヴィニヤード島

 ハイアニスから船で1時間のところにある島で、今富豪の別荘地はハイアニスからこの島に移っている。クリントン元大統領やオバマ大統領もこの島に別荘を持っている。船に乗っている客も、町を歩く人々も、ほとんどが白人で、たまに黒人がいる。ヒスパニック系はまったく見なかった。東洋系はたまにいる程度(ブータンかネパールあたりの金持ちらしい一家を見た)。
 下:マーサズ・ヴィニヤード島への船 アイランド・クイーン号   右はオークブラフの船着場
 写真は船の紹介や時刻表を載せた船会社の英語パンフレットより



 元は漁村だったが、19世紀に捕鯨で栄えた。
 今回は日帰りだったが、スーツケースや大荷物を持って船に乗る人も多い。日帰りでは回りきれないので、できれば最低1泊したほうがよいという(今回、島にあるもう一つの町ヴィニヤード・ヘブンには行かれなかった)。
 下は島の町並みのようす  (写真はマサチューセッツ州の日本語パンフレットより)



オークブラフ 船が発着するところにある町。メインストリートには飲食店や服・小物を売る店が並ぶ。
 港からちょっと登ったところに、ジンジャーブレッドハウスと呼ばれる、カラフルな色合いに塗られた小さいコテージが並ぶので有名な一画がある。もとは、メソジスト派の中心地で、1835年にキャンプで信仰集会に集まり、以降毎年テントで集まっていた。それが1855−65年頃にコテージになり、ビクトリア朝様式で建てるのが流行った。基本夏の別荘だが、1年中住む人もいれば、今は人が住んでいない家も多いという。民宿のように泊まれるものもあるらしい。カラフルな色の砂糖をコーティングしたお菓子のような家々の並ぶ写真が、ネットに沢山あるので一見することをお勧め。

 船着場からまっすぐ進んだところに、フライングホーセズ(Flying Horses)という、アメリカで一番古いメリーゴーランド(1876年創業)のある建物がある。今でも動き、結構白人たちが大勢乗っている。
 フライングホーセズで左に折れしばらく進むと、海岸べりに草地が広がるオーシャンパークがあり、人々がベンチや草の上でのんびりしたり、ジョギングしたりなにやら体を鍛えていたり、三々五々楽しんでいる。ここでのんびり海を眺めて過ごすのも、いい感じだ。
 船着場で港を背にした右手には、灯台イーストチョップ・ライトハウスがある。灯台はこの島の有名スポットの一つらしく、島のあちこちに灯台があるようで、よく土産物店に灯台の写真の絵葉書が売られていた。

エドガー・タウン 白い家(おもに別荘)が多く、町並みが美しいことで有名。ギリシャ神殿を思わせる柱が特徴的な旧鯨(オールドホエール)教会、その隣にある捕鯨船船長の家(今は結婚式場などに使用されている)もみな白い。なお、旧鯨教会の奥には、1672年に建てられたこの島で一番古い建物がある。このあたりの伝統的な家は木の板を鱗のように並べた壁が特徴的で、海の潮風に強いという。この一番古い家も同様で、島やハイアニスの別荘にもこの様式で建てられた家をよく見かけた。最初は白いが2,3年で灰色に変色するので、それもあるのだろう、窓や壁に花を美しく飾っている家も多い。
 メイン・ストリートを歩くと、黒い犬のマークがやたら目に付く。島の有名な店だそうで、ニューヨークあたりでこの犬ロゴTシャツを着ていると、マーサズ・ヴィニヤード島でバカンスを過ごしたぜ、と自慢できるらしい。
 メインストリートの白い家だけでなく、一歩内側に入ると、白くない立派な別荘が並ぶ。海を臨む景色のよい丘に立つ家々で、散策するのも気持ちよい。
 どちらもそう大きい町でないし、治安もいいので安心してのんびり散策できる。


ニューポートのマンション

 ロードアイランド州ニューポートには、大恐慌が始まるまでのアメリカの黄金時代に大富豪らによって建てられたマンションがある。日本語で言うマンションとは異なり、マンションとは大邸宅のこと。(日本感覚でアメリカ人に「マンションに住んでいる」と言うと大誤解されるらしい。日本のマンションはアメリカではアパート。)
 ニューポートには、1748年頃から1900年代初頭に建てられたものまで、たくさんのマンションがあるが、おもなものは1840−50年代に建てられた富豪の夏の邸宅。どれもそれぞれ入場料がかかるので、いくつか回ると結構お金がかかる。今回は定番のブレーカーズのマンションに行った。



 ブレーカーズマンションは1895年に建てられたヴァンダービルド家の夏の別荘で、最大の広さを持つマンション。カーネギーもロックフェラーも同時代で、ヴァンダービルド家は海運業と鉄道業で財をなした。
 中はヨーロッパを模した内装で、全体はイタリアのルネッサンス様式、朝食の部屋はフランス式の家具を使用、寝室はルイ十五世様式の家具を使用など説明が続く。素材の大理石などは立派だが、どうしても”オリジナルはヨーロッパ”感が否めない。アメリカ独特のものが、自然以外(特に文化には)あまりない気がする。
 ノイスバンシュタイン城のようなイヤホンガイドがあり、各部屋のガイド番号や注意看板は英語と中国語で書かれていたが日本語はなかった。観光客のほとんどはアメリカ人で、中国人団体を1組みた。日本人団体客もいた。さいご土産物屋があるが、アメリカ人らが結構買っている。
 庭からは大西洋を望め、よい景色だがなんとなく既視感がある。どこだろうと考え、イスタンブールのボスポラス海峡やアルマラ海を望むトプカプ宮殿だ、と思いだした(イスタンブール)。

 上の写真はニューポートのマンション全体を紹介する英語パンフレットより、肖像画はコーネリアス・ヴァンダービルド2世のもので、最上階は今でもヴァンダービルド家が夏に使用しているという(ふだんはマンハッタンに住んでいると聞いた)。


ボストン

 有名な町で、留学、学術会議その他で訪れる人も多いと思うので簡単に:
 ボストンには、アメリカで一番古い、と形容のつくものが多いという。ガイド氏の簡単な説明を元に東部の歴史をざっくり振り返ると、もともと信仰の自由を求めてメイフラワー号に乗ったピルグリムファーザーズがイギリスからボストンに近いプリマスに上陸したのが1620年。彼らは自給自足で身分制をとらなかった。南部に入った人たちは信仰を理由に逃れた人たちではなく自ら進んで入った人たちで、奴隷制をとりプランテーションを経営した。初年、ピルグリムファーザーズは小麦を栽培したがうまく収穫できず、半数が亡くなった。現地にもともといたインディアンが、トウモロコシの栽培法と狩りを教え、彼らを助けた。翌年トウモロコシが収穫でき、インディアンたちと一緒に祝ったのが今の感謝祭(Thanks Giving day)の始まりだという。
 以降、イギリス人が最初にプリマスの町を築き、次にケンブリッジ、ボストンを築いた。つまり、マサチューセッツ州界隈は、アメリカの中でも最も最初に都市として開けたところ。

 ボストンは、ハイアニスに比べさまざまな人種が町を歩いているが、治安が悪い感じはない。大都市なのでスリはいるそうだが、夜も出歩いて怖い感じはなかった。
 車社会になる前にできた古い町ということもあるだろう、ガイド氏によれば地下鉄やバスなど公共交通機関が整っており、それらを乗りこなせば町中を移動できる町、とのこと。そして、治安もアメリカの他の地域に比べていい、ダウンタウンも歩けるアメリカでも数少ない町と言っていた。

 今回はコプレーにあるマリオットホテルに泊まった。家族向けの大規模ホテルで、地元アメリカ人客が多いが、日本人中国人もいる。ちょうどボストン・レッドソックスが一位で優勝間近なときだったため、ホテル内にも町中にもレッドソックスのTシャツやユニフォームを着た家族連れや若者らが大勢うろうろしていた。観戦ツアーのようなものもあるらしい。ホテル2階にレストランを兼ねた(夕食をとったが結構味はいい)大画面テレビが何台も並ぶスポーツバーのような店があり、野球やアメフトの中継をやっていると、客が大声で歓声をあげていた。
 マリオットホテルは2階で2箇所のショッピングモールにつながっている。モールにはヴィトンやエルメスなどのブランドショップが入る。モール経由で、ボストンで2番目に高いプルデンシャル・センターのビルにつながっており(1番はジョンハンコック・タワー)、50階の展望台スカイウォークに行くことができる(このときは18ドル)。52階にはレストランがあり、1万円くらいするという話も聞いたが、実際行った人がスープとメインで45ドルくらいだった、と言っていた。なお、スカイウォークの入場料や、地下鉄やバスの料金にはシニア割引があり、外国人にも適用される。

 ホテルのすぐそばにトリニティ(三位一体)教会や、アメリカで最初の公共図書館システムをとったというボストン公共図書館がある。図書館内に入ってすぐの大広間と中庭はなかなかきれいだ。少し北に行くと、おしゃれなブティックの並ぶ、ちょうど原宿のような感じの通り、ニューベリー・ストリートがある。さらにその北に進むと、道路の分離帯が幅広の芝生と並木道になっている通りがあり、大勢の人が三々五々散策やジョギング、犬散歩したり、ベンチで本を読んだりしている。

 さらに北に進むとチャールズ川に出る。平べったい川で、河畔に芝生と並木の公園が帯状に続き、ここでもジョギングや犬散歩の人が大勢いる。リス(日本のリスより大型)もよく見かけた。対岸には、上流方向にハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)がある。
左写真はバックベイの河畔(写真はマサチューセッツ州の日本語パンフレットより)


 ガイド氏の話では、ボストンの観光シーズンは4月半ばから10月半ばまでがメインで、冬は日本人がパタリと来なくなるという。
 ボストンは、地下鉄兼路面電車の路線などを利用しながら歩いて回るのによい町で、ボストン美術館やボストンコモン、クインシーマーケット、ハーバードその他の大学、みな地下鉄で行ける。ボストンの地下鉄はアメリカで一番古い、世界でもロンドンに次ぎ2番目くらいに古い地下鉄だそうで、トンネルの壁は古びているし2輌しかつながっていなかったりするが、年配者が乗ると必ず誰かが席を譲ってくれる。

ボストン美術館 ニューヨークボストンを回る定番ツアーでも必ず訪れる定番中の定番の観光地。有名な着物を着て振り返る女性を描いたクロード・モネの作品(ラ・ジャポネーズ、モデルは最初の奥さんで結核で亡くなった)、その他印象派の作品、レンブラントやベラスケスの作品(ベラスケスは依頼者の肖像画を美化して描かなかったため、浮き沈みの激しい人生だったという)、ゴッホやゴーギャンの作品、ターナーの奴隷船難破を描いた絵、アメリカ人画家として始めてヨーロッパ画壇で認められた印象派のサージェントの作品など有名な絵画が数多く展示されている。
 浮世絵も多く収集されているそうだが、この日は駆け足で回り、見る余裕がなかった。岡倉天心が一時期ボストン美術館の館長を務めていたことがあり、天心園という日本庭園もある。なお、このとき西洋絵画について解説してくれた現地旅行社のガイド氏(日本人)は西洋絵画の造詣が深くなかなか良かった。

クインシーマーケット 旧市議会堂そばにある土産物屋や飲食店の並んだ建物のある一画。中の飲食店にはアメリカ人や中国人が大勢いてごったがえしている。このそばにマサチューセッツ州の公設市場があり、州の特産品を売っている。野菜や魚、蜂蜜、パン屋、有機の化粧品だかなど、土産物にはこちらの市場のほうがよい感じ。
 そばに市役所があり、市役所脇で中華人民共和国67周年記念の垂れ幕がかかり中国人たちが集会を開いていた。ちょうどこのとき、ボストンではFitness Festivalが開かれて旧市街周辺は大勢の人出で賑わっており、大変な混雑ぶりだった。

 左:クインシーマーケットそばの旧市議会堂
 (写真はマサチューセッツ州の日本語パンフレットより)


食事 ファニエルホールにある店で、お昼に食べたローストビーフ(分厚いのでステーキかと思った)はなかなかおいしかった。
 レッドロブスターで有名なユニオン・オイスターハウスは、アメリカで一番古いレストランで1826年創業。ケネディ元大統領もよく通った店だという。ロブスターに、まるごと1本のゆでトウモロコシがついてくる。
 クラムチャウダーはあちこちの店のメニューにあった。何度も食べたが、どこも味は大体同じ、当たり外れない感じ。必ずミニクラッカーの包みがついてくる。
 ホテル前にある普通のスーパーで、謎のスシロールを多数売っていた。握りスシも、日本のスーパーと同じようにパック売りされていた。スシロール(たいていアボガドと何か)を買って食べてみたが、結構食べられる味。


セーラム

 ノースステーションからコミュータートレインに乗って30分ほどのところにある町。1690年代に、ティーンエージャーの子供たちが町の一部の女性たちのことを「魔女だ」と騒ぎだし、集団ヒステリーのようになり、それに大人たちも巻き込まれ魔女裁判が開かれ19人が処刑された歴史がある。なんだか文化大革命やヒットラーユーゲントのような話だな、と感じた。文革やヒットラーのような明白な洗脳はなかったろうが、時代や村の雰囲気を思春期の子供らが敏感に感じ取り感応したのだろう。子供が純粋、というのは誤りだし、子供がみな同じことを言っている社会や町は警戒したほうがいいと昔から思っている。
 話はそれたが、今ではそれを売りにした魔女博物館やタロット占いなどの店が並び、テーマパークのように当時の衣装を着た人たちが歩いており写真撮影に応じている。テレビドラマ「奥様は魔女」のサマンサの銅像もある。
 セーラムはもとは漁師町で、大航海時代に船員らがセーラムに家を建て、発展した。

ピーボディ・エセックス博物館 交易で収集した海外の珍しい品々を町の人に展示しよう、という考えで始まった博物館。現在の博物館の建物は、シンガポールのホテル、マリナーズベイサンズを建てたカナダの建築家モシェ・サフディが建てたもの。最初は大航海時代の船の模型や、船のさまざま部品が展示されており、案内の人の解説によれば、当時は難破する船も多く、未亡人や遺児のために皆でお金を出し合いファンド(保険か頼母子講のようなもの)を作るシステムがあった、リスクが高い分、中国などとの交易で1航海すれば莫大な儲けがあった、などの話を聞く。
 アメリカの印象派の絵画や、日本や中国の当時の品、兜や大名の籠、中国の象牙細工やベッドなどが展示されている。ちょうどアメリカ人印象派の絵画展をやっており、ここに一番人(アメリカ人客)がいた。出口にあったノートの感想を見ると、「Beutiful!」だの「Great job!」だの。

 ちょうどこのとき、町の一角でStick Tree Houseが博物館の外、町中の一画で展示されていた。これもピーボディ・エセックス博物館の展示物で、これがなかなか面白かった。Patrick Dougherty氏による木の枝やつるで作った家で、子供たちが面白がって出入りして遊んでいた。
 左の写真は、この特別展のパンフレットより

 この美術館の土産物屋には藍染や、しゃれたデザインのろうそく、紙ナプキン、バッグなどがあり、今まで見たアメリカの店の中で一番センスが良かった。



その他、今回の旅行で共通して感じた事

 ボストンの地下鉄では、年配者が乗ると必ず誰かが席を譲ってくれた。優先席のようなものはないようだが、高齢者は必ず座れていた。優先席に座った若者や男性が譲らないことの多い日本に比べ、これはすごいと思った。
 その他町歩きをしていても、信号のない横断歩道に歩行者がいると、必ず車が停まってくれる。早く行け、と苛つくようすもなく余裕ある感じ。
 アメリカで瞑想が流行っているというが、むしろ瞑想が必要なのは、しょっちゅうクラクションを鳴らしたりチッチッ舌打ちする日本人のほうなんじゃないの?という気がする。日本で妊婦マークの人が優先席の前に立つと「なんで俺の前にわざわざ見せつけて立つんだよ!」と逆ギレされることもあるようで、マークつけるのが怖い、という話も聞いたことがある。日本人のほうが気が短い(これはよく中国人たちが言う)というか、イラチが多いと思う。

 タクシー運転手には移民が多かった。ハイアニスではブルガリア出身者、マーサズ・ヴィニヤード島ではアフリカ系、ボストンではインド人の運転手だった。ブルガリア人はブルガリアはいいところだ、とさかんに言うので「なんでアメリカに来たの」と問うと「マネー」と言った。お金貯めたら帰国するのか聞いたら、どうかなーという感じ。永住権がほしいようだった。インド人は家族で来たが父とブラザー(兄か弟か不明)はアメリカの生活になじめず、インドに帰った、自分はシスター(姉か妹か不明)と一緒に住みもう少しがんばる、と言っていた。

 ボストン図書館の周辺では、「仕事がありません、あなたの人間性を私に下さい」と書かれたボール紙を掲げた人たちが何人かいた。ほとんどが男性だが、クインシーマーケット周辺で女性も見た。

 国旗をよく見かけた。いたるところで星条旗が掲げられている。退役軍人の記念碑だけでなく、JFK博物館やその他博物館美術館、船着場、図書館、普通の別荘の家、その他いたるところで見た。普通の家に掲げられていることもときどきあるが、別に旗日でもない。ハイアニスのホテル隣のショッピングモールで、広い駐車場を望むモールの外周りを歩いていると、地面に小さい星条旗が刺さっているのも見かけた。
 日本の日の丸は、先の大戦絡みで日の丸そのものを否定したり、日の丸はアジアで嫌われている、この旗の元に被害にあった人たちのことを考えろ、と言う人もいる。掲げると右翼扱いされかねない雰囲気はある。星条旗を嫌う人々も世界中に大勢いると思うのだが、それはそれ、という感覚か(さらにはっきり言えば、戦勝国と敗戦国の違い)。いずれにせよ、日本と随分、国旗に対する意識が異なるな、と思った。



イエローストーン  グランドティートン   ヨセミテ  グランドキャニオン




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