加計呂麻島


地名に誤りがあり”諸相”ではなく”瀬相”が正しい名称です。ご指摘いただきありがとうございます。

 加計呂麻島は奄美大島のすぐ南にある。名瀬からバスで古仁屋へ向かい(1時間半くらい)、そこから船。この船は、島の人の古仁屋への買い物の足になっているようで、トイレットペーパーを何袋もぶらざげて乗って来たりする。瀬相まで350円、生間まで260円、と電車賃と変わらない。

瀬相

 瀬相に到着するとミニバスが何台も停まっている。ここから生間(これも沖縄の普天間などと似たひびきの地名だが)の手前の船着場へ向かって歩く。瀬相から生間までの間には7,8箇所集落があるが、どこも湾に奥まった平場に数戸から数十戸平屋が並んでいる。本州でときどき見かける黒っぽい家々が斜面を迷路のような道とともにはいのぼるタイプの漁村と少々異なる。家の間には空き地があって、バナナ、パパイヤ、サツマイモなどの畑になっている。グアバは道端に自生している。また庭には観葉植物を植え、きれいにしていた。


諸数 島は意外に山がちで、湾(浦)と湾の間の岬(峠になっている)を上り下りしながら進む。車も人もほとんど通らない。集落にも人気はなくひっそりとしている。山羊や鷄を飼っている家も多い。
呑之浦には島尾敏夫の文学碑がある。さらにその奥には特攻艇の格納庫が残っていた。島尾氏はここで特攻艇での出動を待ちながら駐屯していた。島尾氏の奥さんのミホさんはこの隣の押角の出身だという。名瀬できいた話では「ミホさんは神がかりの人だから」という。
スリ浜にはダイビングペンションが並び、女の子が二人散歩している。ここもあまり人はいないが寂れた感じでもない。あとで聞いた話では、加計呂麻の海はダイバーに人気があるらしい。
集落ごとに豊年祭用の土俵があり、シートできちんと雨よけされているのが目に付く。奄美では相撲はスポーツではなく神事なのだと感じる。豊年祭の日取りは集落ごとに異なるらしい。

大下田から大島行きの船が出るが、まだ時間があるので諸鈍まで足を延ばす。ここの大鈍神社は諸鈍シバヤという踊りで有名。国の無形文化財に指定されている。民族文化映像研究所に、この豊年祭を撮影した作品がある。諸鈍のデイゴ並木も有名らしく、この先の徳浜は寅さんシリーズ最後の映画のロケ地となった。
大下田の船着場には、密航、密輸を見かけたら118番へ、という立て看板があった。奄美沖は最近、不審船でも有名になった。


 ところで名瀬で聞いた話では、加計呂麻島は平家の落人伝説のあるところのようで、「だから加計呂麻の人はここが違う」と頭をさした。日本で初めてのロシア文学者を出したのも加計呂麻だし、他にも頭のいい人が多いという。血筋で決まるものかという気もするが、やはり違うと言っていた。

島尾敏夫文学碑 特攻艇
島尾敏夫文学碑



特攻艇の格納されてた洞窟



土俵 回し
集落にある豊年祭用の土俵



相撲の回し(瀬相にて)



お墓 お墓
島のお墓は独特の形をしている



諸鈍集落にて




このページは2001年の奄美諸島旅行に関するページです

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