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沖  縄  2010  沖縄本島

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那覇

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 国際通り
 右上は公設市場上の食堂

 左:公設市場内にて
 お店の人いわく
「運気がとんとん拍子によくなりますように」




ゆいレール 駅の案内ごとに異なる民謡が流れていた

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 今回の離島めぐりの民宿で一緒になった女の子たちは、サンシンを習っているなど沖縄好きだったり、潜ることが好きな人が多い。海は慶良間がすばらしい、3本指に入ると言われているという(日本でか世界でかは不明)。
 あるサンシン好きな人いわく、自分の師匠は有名な人で、政界にも進出したそうだ、A島の村長にも意見し、K島の空港の件でも村長に意見した、けっこう顔がきくらしい、サンシンの先生としても有名でY島とI島では先生の名を出せばみな知っているそうだ、あんた一体何者?というくらい活動している面白い人だという。
 この話に、新宿の奄美沖縄出身者の多い地域にあったある店のオーナーを思い出した。奄美出身のその人は、確かにサンシンは一流だと他店に人も口をそろえて言う。料理もうまかった。ただ有名人をまじえたほんとか嘘かわからないような(大風呂敷と思われる)話も多かった。店そのものもサンシン教室もうまくいっていたのだが、突然いなくなった。奄美について聞きたいことがあり、別の店でどこへ行ったのか尋ねると「あんたお金貸してないよね?」と言う。なんでもお金を貸して行方を捜している人が多いとのことだった。もともと奄美の裕福な家庭の坊ちゃん育ちで悪い人ではないが、お金にルーズで借金作っては逃げてを繰り返している、破滅型っぽい、ここまで来ると庇えないと言っていた。

 ところで話好きな沖縄の人は独特のすべり方(冗談)をする。その例を一つ。大東島でのこと。南北大東島の海岸べりには保塁のような石積みがあるのだが、あれは何かと久米から出稼ぎに来ている人に聞いた。すると「南大東と戦争するためさあ」。へえ、と流すと「冗談さあ」、隣の人が漁港を作っている際に出た石を積んでいるだけだと言うが、また「それで砲台かまえて南大東とドンパチやるさあ」。
 実際に島間戦争はあったようで、渡名喜島にも渡嘉敷島との戦いで亡くなった渡嘉敷人の墓(アーラ墓)がある。

 やはり離島の民宿で一緒になった那覇の女の子いわく、沖縄の高校は全入状態、昔は那覇(高校)はよかったが今県全体のレベルが低くて・・・、あたしたちはばかだから、と“自分で”言う。努力しないでもなんとかなると思ってしまうからかも、と分析するなど、とてもばかには見えないのだが。(本人は高卒後海外留学しており、夏休みで戻ってきていた)
 この話に、戦時中チベットに潜入したドイツ人の記録『チベットの七年』にあった、何かというとチベット貴族が「あたしたちはバカですから」とあきらめたように言う話を思い出した。当人たちにあきらめ、無気力感が漂うと国があやうい。国は個々人の力の集結だから。その後チベットには中国軍が進攻し、なすすべもなく呑み込まれた。この本を読んだ後、中国の進攻も問題だが、無気力なチベット貴族にも責があるように感じられてならなかった。アメリカやヤマトとの関係、さらには中国も関わってきそうな情勢の中、若者にこうした気分が漂うのは決してよいことではない。これは沖縄だけでなく、新興国の元気な若者相手に日本の若者が気おされ「自分たちはだめだから」的発言をしている予感がある。

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クバ帽

今回たまたま帽子を忘れ、現地でクバ帽を買って被っていた
これが結構好評で、あちこちで「その帽子いいね」と
地元の人たちから声をかけられた

あるお店の女性は
「ちょっとそれいいじゃない!あたしもクバ帽広めたかったのよ!
雨にも強いし、涼しいし、いい帽子でしょ!
もっとみんなに被ってもらいたいんだよね」
とさかんに言い、
「また沖縄来るでしょ、来たら連絡して!」と名刺までくれた。



 ところで、戦時中の話を聞くことも沖縄旅行の目的の一つにしていたのだが、以前聞き取りに行った人から「沖縄のことはウチナンチューにしかわからない、聞き取りもウチナンチューにしかできない、ヤマトの人には無理だ」と言われた、沖縄は難しいと聞いていたので、かなり閉鎖的なところと予想していた。台湾好きの知人も、母親が沖縄出身だったこともありもともと沖縄にはまっていたのだが、沖縄には門中制度があるでしょ、結局入りきれないんだよね、ちょうどその頃台湾に行くようになり、台湾のほうが開放的で外から来た人でも誰でも温かく受け入れるでしょ、それで台湾になったんだよね、と言っていた。母親が沖縄出身でもだめなのかと聞くと「なんかそうなんだよね、結局」と言っていた。
 それで怒鳴られたり無視されたりは当然かも、と覚悟していたが、普通に人を紹介してくれるし、会うと話もしてくれる。沖縄出身の知人も「へえ、話してくれたんだ」と言っていたが、一方「そういえば私もおじいやおばあに積極的に話聞かせて、てきいたわけでもないんだよね。ちゃんと話聞いたほうがいいよね」と言った。



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