静岡県井川地区を訪問した(2008年)。
 地元の人の話では、ダムができて井川は発展した、という。それまでは山奥の不便なところだった。ダム建設当時、1日300円で建設作業の仕事があり、その後労働基準法ができて待遇がよくなった。本村のダムに沈む地区に住んでいた人々は、ほとんど富士のほうへ越した。ダムは昭和32年に完成。

 2ヶ月前、大雨による土砂崩れで大井川鉄道井川駅すぐ脇の県道が崩れ、7月になってもまだ復旧していなかった。この道が静岡市内への交通路だったため、観光客が減り朝市もやめた、迂回路だと10キロ余計にかかり、生活にも不便だという。大きい買い物は千頭方面ではなく、静岡側に出る。
 2008年5月まで静岡行きのバスが通っていたが、6月廃止になった。1日1往復だったため、バスで静岡に出てもその日のうちに戻ってこられなかったという。6月から、バンタイプの市バスが井川地区を1日3回回っている。

 井川には、怪力の持ち主だったという”てしゃまんく”伝説がある。”てしゃまんく”とは不思議な名前で、何語だろう、と思う。
 本村には赤石温泉(白樺荘)のお湯を引いた、地元民と井川地区宿泊客限定の温泉がある。白樺荘はかけ流しの源泉で、とてもいいお湯だからぜひ入るといい、と薦められた。



西山平

 西山平でも、今でも雑穀を栽培していると聞いた。
 残念ながら時間がなくて探せなかったが、この下に、田代と閑蔵の雑穀写真を載せている。

 ダム周辺ではもっとも平地が多い集落のようで、おいしいトウモロコシがとれるので有名だという。


井川本村

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支那事変と大東亜戦争の村の戦没者を祀っている

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地蔵堂
お茶畑とみょうが
戦後、野菜畑からお茶畑に変わった
みょうがはお茶の間にしか生えないという
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ダムの対岸

パッチワークのように見える植林された杉林と広葉樹林


田代

 静岡県教育委員会による井川地区の焼畑に関する調査報告書があり、宿で見せてもらったが、これがなかなか興味深かった。
 田代は本村の先、ダム最上流にある集落。その田代に関する聞き取りがメインだが、井川では戦前から戦後しばらくまで、夏の間は家族単位で大井川上流の山中に一家で移り住み、出作小屋を建て、焼畑を行っていた(焼畑は昭和20年代まで日本の山間地各地で行われていた)。今でもかつて焼畑の行われていた山中に、出作小屋とお茶畑の広がる様子が、航空写真で確認することができる。
 出作小屋は互いに100mから1kmほどと、かなり離れていたが、近隣との絆は強かったという。明治時代になると学齢期の子供は里の家に残り、祖父母に面倒を見てもらいながら学校に通うようになった。

 この地区の人々は、もともと山に散住していたのが、やがて、井川七郷と呼ばれる7つの村に集住するようになった。
 ダムができる前は、20kgの荷を担いで、かなりの距離を1日で踏破していた。女性の人夫集団もあったという。

 焼畑の栽培サイクルは3年で、1年目がそば、2年目に粟や小豆、その他稗やジャガイモも植えた。大正頃から、3年目に穀類、豆、芋を植える代わりに杉苗を植えるようになった。つまり、山肌に広葉樹林と杉林がパッチワークのように入り混じる光景は、かつての焼畑地に杉を植えた結果だったのだ。いつも、なぜあそこだけ杉なのだろう、あそこに広葉樹が残っているのだろう、と気になっていたが、山林主が異なったり、斜面の角度によるのかと思っていた。もちろん、日本の山すべてがそうだというのではないが、元焼畑の地に最後の年に杉を植えていった、というのは、かなり新鮮な驚きである。

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田代地区


大井川
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町内会で作っている粟
  今では田代で栽培されている雑穀は、神社のお供え用のこの粟だけだという


picture 小河内

 小河内は田代のさらに上流にある


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 車道ができ、廃止された橋
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  小河内の裏から、かつて焼畑が行われていた熊水などの地区へ行く道がある
  今では中部電力の保守作業用の山道になっているが、かなり見分けにくい


閑蔵

 閑蔵では今でも雑穀を栽培している。他ではなかなか見られない、コウボウキビも作っており、井川本村の店でここで作ったコウボウキビその他の雑穀の粉を買うことができる。

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 椎茸栽培


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  粟 5月にまいて10月収穫


  稗 同左

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  ホモロコシ (高黍)
  9月収穫
  シカ、イノシシ、サルが出るので金網で囲っている



精白機
古い籾摺り式で、粟1時間、稗も2時間つけばできるという。稗もつけるとは貴重な発見


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養蜂


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ホモロコシ


コウボウキビ
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穂先をシカに食べられたあと



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大井川鉄道井川駅脇、県道の土砂崩れ現場

急斜面に重機を吊るしている


大井川鉄道井川線についてはこちら


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