東 京 里 山 尾 根 歩 き 8
(八  王  子  北 / あ  き  る  の)


 八王子市の北側の尾根を歩く。このあたりは檜原村笹尾根からの続き尾根で、標高331mから200m、さいご滝山あたりで100mちょいくらい。城跡も多く、杉の人工林もある。

目次: 五日市から滝山城跡  滝山城址  八王子恩方  戸倉三山  要倉山
  篠八窪尾根と入山尾根−道迷い

恩方美山上川: 高尾神社から川口峠 川口峠から滝山道の駅 宮尾神社から舟子尾根今熊山
    千手山尾根からボンゼン山  御屋敷から入山尾根  川口丘陵

五日市から滝山城跡

 JR五日市線の南に、戸倉三山からの続き尾根が多摩川まで延びており、尾根道がハイキングコースになっている。

 2010.12 戸倉−留原間はカメラを忘れ写真がないが、戸倉から盆堀へ入る橋の手前に、川へ下りる道があり、これがコースの入り口。川を越え杉の人工林に入ると低いながらも山道のよう。やがて明るい落葉樹林となり新多摩変電所脇を通る。
 あちこちに下りる道があり、地元の人や犬の散歩コースになっている。
 小和田の広徳寺には都の天然記念物タラヨウとカヤの老木がある(樹齢不明)。尾根道はやがて留原の八坂神社脇から秋川街道に出る。このあたりが小峰峠で、かつて八王子と五日市を結ぶ生活道だったという。(八坂神社へ下りずそのまま城山の南尾根も歩くことができる−高尾神社から川口峠

 2009.12 武蔵五日市駅南、秋川街道留原から城山に入る道の入り口(左下:以下写真日付は誤り)




 低山だが杉の植林された林もある  右上は城山(331m)
 下:弁天山から福生方向を見る



 弁天山経由の場合はいったん網代集落に下り、
 武蔵増戸からの街道沿いゴミ処理場脇からふたたび里山に入る
(2009年時点、現在は川口峠(駒繋石峠)から東に入る)




 写真上:雹留山(264m)   左下:二条城跡

 秋川丘陵の北側には畑が広がっている。2012年東京はじめ関東で雹害が報じられたとき、畑作している人に雹は大丈夫だったか聞くと「あの送電線からこっちなぜか雹は降らない。昔からそうだ。八王子で降ってもここには来ない。あの山(日の出町の二ツ塚峠から続く丘陵)から北はまた雹が降る。ここだけ降らない」と言った。この話を別の地元の人にしたところ、「いやあ、今は雹留山拝んでないからネ、そのうち降るんじゃないか」と言った。なるほど、”雹留山”はそういう意味の名称だったのかと初めて知った。千葉でも山武郡に住む人が、山武の山は標高低いが一山越えると全然天気が違う、と話すのを聞いたことがあるが、雹留山(264m)のように標高の低い山でも土地の気候に影響があるとは、なかなか興味深い。

(雹留山から南の尾根歩きはこちら




 右上、左:サマーランド南上の尾根から滝山街道へ下りる道

 滝山城も同じ里山のつながりにあるが
 巨大な墓地や産廃施設だか資材置き場などで分断されており
 尾根道をたどってゆくことはできない。

 杏林大学の裏に若干、尾根道が通っている。
 東秋留橋付近に上り口があり、滝山街道側の
 谷戸から上ることもできる。
(このへんもカメラなしで歩いたため写真なし)

 滝山城址については下に別記

 やがて多摩川で尾根は終了


 平成6年の5万分の一の地図では、大学裏と滝山城址の間は標高198mの山のある森だった。
 神社裏に上り口があり、道もついていた。
 しかし平成22年現在、階段状に削られた工事現場のような、不思議な禿山の光景を呈する産廃施設になっており、立ち入ることはできない。

ところで、武蔵増戸から二条城跡を抜け秋川までの道は、東京新聞に連載されている「低山ハイク」で紹介されたもの。新聞に載って一週間ほどたった土日、秋川街道−城山コースとくっつけて歩きに行くと、ゴミ処理場そば入り口付近の工事現場で警備していた人が「どこ歩くの?」と声をかけてきた。「二条城」と答えると「皆そう言うな。何かあるの?お城なんて残ってないだろ」と言うので「跡地だけですよ。秋川丘陵歩くんです」と答えた。新聞で知り、さっそく大勢歩いているようだ。


滝山城址  2011年3月末
 滝山城址は都立公園として遊歩道が整備され歩きやすくなっている。

 滝山城址にはこの丘陵の東、拝島橋の南のお寺脇から尾根歩きができる。今回は滝山街道側左入から入ってみた(左)。



尾根道は土道だが車の通れる広さがあり、高低差もなく歩きやすい。
左は桧の植林。間伐されているが枝打ちはまだ(やりましょうか^_^;)
下:桜も多く花見の頃はよさそう




高台に家臣の曲輪信濃屋敷・刑部屋敷跡がある
左上:喰違い虎口(敵の攻撃に対する防御)   右上:あちこちに残る掘割
左下:中の丸跡   中の丸跡の高台から福生方向を望む




上:本丸跡(中の丸跡の掘割をはさんだ西にある)
1521年大石定重氏が築城、北條氏照の居城となり上杉謙信、武田信玄の猛攻を受ける、城下町が八王子の発祥地である、とある。
本丸は北に口をあいた谷戸の東尾根の北端にある。この谷戸の西尾根に山の神がある。

滝山城の堀は空堀で、敵の通路とならぬよう土橋を設けたとの説明書き




上:西の出入り口は北(秋川側)と南(滝山街道側)にあるが、滝山街道に下りる途中に北への分岐がある。
これが山の神へ行く尾根道で、道なりに行くと尾根北端に出た(右上)。祠その他特に何もない。
先は崖で行き止りになっている。眼下に多摩川と秋川の合流点が広がっていた(左下)
右下:滝山街道へ下りる途中見かけた馬頭観世音の石塔。後ろに稲荷があり、周囲に色紙がたくさん掛かっていた。




八王子恩方  2010.11

 きだみのるの作品に描かれ、夕焼け小焼けの歌の地元としても有名な八王子恩方地区。
 川沿いに続く集落の南側は北高尾山稜、北側は戸倉三山からの尾根。北高尾山稜にはハイキング道がある。高尾陣馬山を縦走して恩方へ下りるハイカーも多い。
 下:下恩方のあたり




    上:狐塚付近   下:上恩方



 上は石塔脇に置かれていた人形
  (上恩方にて)



戸倉三山  2010.11

 陣馬山から和田峠に進んだ先(北)に、戸倉三山がある。
 市道山、臼杵山、刈寄山の戸倉三山は標高800m前後だが意外に高低差があり、ガイドブックによっては中級者向けに設定されていることも。鎖場もあり、途中エスケープルートもほとんどないため、縦走するには体力がいるためらしい。初心者向けランクの本でも、山歩きに慣れた健脚向きと注意書きされている。

 和田峠から市道山を経て刈寄山、今熊山への尾根道を歩いてみた。カメラを忘れたため写真がないが、和田峠から市道山、トッキリ場にかけては林業作業をしているところが多く(2010年)、”間伐作業中注意”、”枝打ち作業中注意”の立て看がよく置いてあった。人通りの少ない山だが、どこかでチェーンソーの音が聞こえ、寂しくはない。
 和田峠から市道山へは針葉樹の人工林の尾根道で、しばらく杉林の中を登ると醍醐丸に到着。頂上には八王子市最高峰との標識がある。
 越えると結構急な下りだが、ここでトレイルランの男性とすれ違った。人通りの少ない山で珍しく人に会ったので、向こうも驚いていた。

 ひたすら尾根道を行くと市道山手前に三叉路があり、東に折れると刈寄山方向、直進すると臼杵山。刈寄山方向へ向かう。途中、北斜面が皆伐された箇所に結構急な下りあり、その後再び針葉樹の人工林に入り、この先に鎖場がある。
 (かつて猟で獲った鳥を解体したという)トッキリ(鳥切)場から北へ向かい、入山峠でいったん盆堀−醍醐間の林道に下りる。再び尾根道に入り、刈寄山(このコースだとちょっと寄り道する形)を経て今熊山へ。刈寄山経由でそのまま戸倉に下りることもできる。
 今熊神社はお参りすると失踪者や失せ物が見つかるそうで、かつてはずいぶん賑わったらしい。山上の上社から都心方向への見晴らしがよい。上社は現在コンクリート製の小さい社で、神社への山道も石階段下の土が流れ大きく波打って歩きにくいが、下社は大きく立派な神社だった。

醍醐から登ってみた

 戸倉三山に上ったとき、東側下方の谷沿いに集落が見えた。あんなところに村がある、と地図を見ると醍醐という名の集落。上恩方から北へ入ったところにある。

 前回戸倉三山に来たとき、醍醐丸市道山間で二二九林道への下り口を見かけたので、逆に醍醐から登ってみることにした。
ただし、その標識には難コース、とあった。

右および下は醍醐集落にて



 左下は醍醐の先にある二二九林道入り口。林道から戸倉三山への登山道に入ってみた。
 本来なら醍醐丸と市道山の間の尾根に出るはずだが、登山道が荒れており道跡不明状態に。

結局杉の人工林を上へ直攀(右下)
登りきると、市道山トッキリ場間、
北斜面皆抜箇所のやや西あたりに出た





 左上:市道山あたりの尾根道 右上:臼杵山頂上

 荷田子へ下りると、集落の入り口に猪避けの電流柵がある。X色の部分は電流が流れているのでO色の部分を持って開けてくださいと指示があり、びくびく開閉。

 このほか笹平、元郷、盆堀へ下りる道があるが、5万分の一の地図に出ている盆堀への道は現在不明のようだ。盆堀集落側から戸倉三山への登山道の入り口を探してみたところ、入り口に古い標識がまだ残っていた。崩れた階段も残っており、登ってみるが、尾根はやぶが茂り道跡もよくわからない。
 盆堀の北、城山のある尾根に新しいハイキングコースができたようで、今はそちらが使われているらしい。


篠八窪尾根 入山尾根−道迷い 2012.12初旬

コース記録:戸倉バス停12:00−篠八窪尾根登山口12:10−13:00629mピーク13:30−みなと区民の森環境学習施設14:00−刈寄山14:45−15:00入山尾根分岐15:12−一つ目の採石場16:05−採石場下16:30−美山町バス停16:45

 低山の尾根を歩くのは冬がいい。夏は暑いし藪も茂る。古いハイキング本に篠八窪尾根から刈寄山に登る道が載っていたので、初冬に歩いてみた。
 沢戸橋から盆堀集落に入る手前に、篠八窪尾根に上る入り口がある(左下)。ここに「この道から刈寄山へは登れません あきるの市」と立て看があったのだが、このときは、バリエーションルートだから安易に立ち入らぬようこう書かれているのだろうと考え、地図読み勉強に入るんだからとそのまま通過した。しかし後になって、これは真実だったと知る。



 尾根には明瞭な道がついており(右上)、古いハイキング本の”踏み跡程度の道”とは大違い、最近は結構人が歩いているようだ。途中送電線の鉄塔がありその作業道も兼ねるが、鉄塔を過ぎた後も尾根道は明瞭、迷う心配なし。鉄塔の先は下りで鞍部に出ると今度はひたすら登り、やがて南北尾根にT字で合流。東側の見晴らしよく、五日市から拝島、池袋都心方向まで見渡せる(左下)。ここに”みなと区民の森”の道標があり南側は展望台、北はモミの木峠とある。1980年代はバリエーションルートだったこの尾根も、今は区民の森として整備されているのだ。刈寄山は北なので北へ向かう。
 センター口環境学習施設への分岐のある赤松峠(右下)から、急に道が細くなり藪が出てきた。この先は港区の森ではないらしい。急坂を登ると629mピークに到着。まだ13時なのでここまでは順調。





 左上:629mピーク   右上:港区環境学習施設
 ピークから北はさらに藪が濃く、赤テープがついている。藪をくぐりながら尾根をたどると採石場が見えてきた。採石場脇を抜ければ刈寄山までもうすぐだ、のはずが、赤テープはなぜか左手採石場へ下ってゆく。しかもかなりの急斜面。このテープは登山道の印ではないのかもしれない、と下りずに尾根をたどるが、藪の先はどう見ても崖。なんと採石場によって尾根が掘り込まれ分断されていた。尾根から下り口はなく、下るなら先の赤テープだが、採石場に入ってよいか疑問だし、入ったら抜けられるかどうかも不安だ(以前水道関連施設に入り込んでしまい、日暮れ迫り土日で人もおらず大変な思いをした経験があるので)。
 採石場突破は気が進まないし、個人的こだわりの”尾根歩き”ができない。港区のセンターも気になるのでそちらへ下りることにする。戻りがてら629mピークに寄ると、西へ明瞭な道が続いていた。盆堀集落の先へ下りられそうだが、今回は赤松峠から東へ港区民の森センターに下り、下の道から刈寄山へ。

 ちなみに採石場による篠八窪尾根分断の件は、帰宅後ネットで調べるとあちこちのブログに出ていた。採石場を突破する道もあるようだ(あの赤テープだろう)。事前の情報収集不足を反省だが、一方、行って初めて現状を知るのも印象が強く結構楽しい。
 左下:刈寄山への道、この沢沿いの道が一般的な登山道   右下:刈寄山山頂





 山頂に14時45分到着、まだ時間があるので入山尾根から下ってみることにする。古いハイキング本には「このルートは地図読み能力がいる、老婆心ながら安易な気持ちで入らぬよう」とあった。入山峠の先で今熊山からの尾根に出、見晴らしがきくので入山尾根を目視で探すが、山襞があちこちにありよくわからない。
 送電線をくぐった先に分岐があるはずと北へ向かい、刈寄山、今熊山、入山峠の三叉路に出た(左上)。送電線は過ぎているのに分岐がない、と分岐を探して入山峠へ行くが見つからず再び三叉路に戻る。すると、今熊山への分岐の下にもう一本道があった。今熊道の巻き道だろうと思って入り、その後もずっとそう信じ込んで歩いていた。
 このため、入山尾根への道を探し続け右手の尾根に踏み跡を見つけてはたどること2回(右上:そうした支脈の道の一)。そのたびにどうもこれは違う、と戻ることを繰り返す。2回目かなり下った斜面を大慌てで斜めにトラバースしながら戻り、尾根に出ると採石場上に出た(左下)。採石場を見た時点でこの尾根が入山尾根だと気付きそうなものだが、今熊山への道と固く信じていたがため”新しく採石場ができたのかな?”と勝手に解釈、地図より自分の思い込みを信用するのだ、思い込みとは恐ろしい。

 もう16時を過ぎ、あと30分もすれば暗くなる。尾根道は結構荒れており、藪の中踏み跡をたどる道だ。刈寄山今熊山間は一度歩いたことがあるが、こんなに荒れた道だっけ?、と一瞬疑問が浮かぶが、そういえば入山峠あたりに今熊山で林業作業中、と迂回路を示す看板が掛かっていたことを思い出し、きっとそれでこの尾根は最近人が歩いていないのだろう、と解釈。山頂の今熊神社まで行けばあとは広い道のはずだからヘッドランプでも大丈夫、でも踏み跡をヘッドランプで探すのは難しい。暗くなる前に今熊山までたどりつかねば下りられなくなる、と危機感を覚え速力アップ。
 4時15分か20分頃別の採石場上に出た。これ本当に今熊山への道だろうか、と一気に不安が広がる(入山尾根は3つの採石場上を通ると事前に知ってはいたのだが、なぜか思い及ばない。採石場はあちこちあるし、尾根への分岐を見つけられなかった、という思いのほうが強く、ありうるとしたらもっと西の尾根に迷い込んだのではと考えた)。完全に道に迷ってしまった、もうかなり薄暗くなってきている。今熊道でないとしたら、最後まで踏み跡ということになる。いや、下まで道のついていない可能性すらある。ヘッドランプになってそんな山下りられるだろうか。それともここは戻って入山峠から林道に出て延々醍醐か盆堀まで歩く選択をしたほうが安全だろうか。

 と、採石場上から膝から腰丈ほどの藪にまみれてはいるものの、車幅はある明瞭な下り道があることに気がつく。下りた先は採石場だが、その右手の谷には灯りがともり人家があるとわかる。おそらく採石場ができ廃止林道となった車道ではないか、車道なら必ず本道につながるはず。採石場のゲートのある可能性も高いが、なんとか脇から出られるのではないか?あと15分で確実に暗くなるから、との藪だらけの廃道を駆け下る。藪まみれでも車幅あるので道を見失うことはない。恐れていた崩壊箇所もなく快調に下り、何やら池(調整池?)脇に出た。採石場は左手西の台地に広がるが北の谷へ道をたどり、ゲートなしで舗装道に出た。これで一安心、さくさく進み車の通る大通りにT字で合流、今来た道の入り口にはロープが張られ「関係者以外立入り禁止」とあった。すっかり日の落ちた中東へ進むと、停車中のバスの灯りが見えてきた。わ、バスがいる、ラッキー、と駆け寄りバス停名を確認すると美山町のバス停。美山町?ということは今下りてきた尾根が入山尾根?とここで初めて気がつく。

 ところでこの戸倉三山界隈、昔友人と歩いたときも道迷いしたことがある。醍醐から桧原村笹平へ抜けようとしたのだが、地図は持っていたがコンパスなし、おそらく市道山付近で道を間違えすっかりわからなくなり、日暮れの迫る中、必死の思いで灯りの見える谷へ急斜面を下ると醍醐だった。鎖場を通過したので今思うと鳥切場方向へ進んでしまったのだろうと思うが、当時はどこをどう歩いたのか、帰宅後調べても皆目わからなかった。
 今回もどこを歩いているのか現在位置を見失った。正確に地図読みできていれば、巻き道と思った道が入山尾根への分岐であることはすぐに気がついたはずだが、まずそれができなかった。以降思い込みを持続することになる。コンパスも確認していたが(今熊道は北東、入山尾根は東と明確に方角が違う)、結局入山尾根にはまだ入っていない、今熊道を歩いているという強固な思い込みがあり、また時間がないと焦っていたこともあって気になる点をじっくり考える余裕がなく、東と出ても今たまたま尾根の向きが東なだけだろう程度に考え、今思うと本当には参考にしていなかった。送電線の方向から位置を確認する際も思い込み前提の確認作業でしかなく「この5万分の1古いから(いちおう最新だが何年か前)送電線の位置が変わったのかも」と勝手に解釈。ありえないのだが、日暮れも近いという焦りもあり精査したり思い込みを廃して冷静に地図を見なおすゆとりを持てず”とりあえずこうだろう、と思う(思い込んでいる)方向に進む”という心境になっていた。
 以前、登山教室に参加したとき、道迷いの典型は思い込みによるものだが、地図もその思い込みで見るので意外とその修正が難しい、と聞いたことがあるが(そのときはそんなものかね?と軽く聞いていたが)、今回その怖さを実感、読図能力不足も痛感。下りで事故、遭難が多いのは、よく言われる疲れによることもあるだろうが、時間がない焦りもあると思う。日暮れが近い、バスに間に合わないなどの理由で焦り、じっくり地図を見る余裕をもてず、とりあえず先へ先へ進みたくなる。町場に近い里山だから道迷い遭難せずに済んだが、これを標高の高い山、集落の見えない奥山でやったら完全に遭難コースだ(2万5千分の1用意しろ、て?)。
 それにしても戸倉三山は結構鬼門の山。標高低いが、登山道のしっかりした八ヶ岳などより読図能力必要だし、意外に侮れない。

(このあと入山尾根、プチリベンジで御屋敷側から入ってみました



要倉山  2012.12中旬

コース記録:関場バス停13:00−要倉山13:50−要倉峠14:10−14:50高茶山(旧金森山)15:05−15:40和田峠

 前回(上の”道迷い編”)大変な思いをしたので、今回は午後からまったり和田峠まで歩いてみた。関場バス停で下り、北の尾根への入り口を探す。古いハイキング本では人工林の斜面を登り尾根道に出るとあったが、民家奥の小祠左手に尾根道入り口の踏み跡発見、急坂を登るとしっかりした尾根道になる(左下)。
 快調にさくさく進み、小ピークに立つ鉄塔を越え、50度ほどの急傾斜の斜面をよじ登る(右下)。





 尾根道で何やら糞を発見(左上)、一週間前に入山尾根でもっと大きな黒々とした糞の塊を二箇所で見かけたが、このときは余裕がなく写真にとれなかった。コロコロしていないから鹿ではないし狸は糞塚だし、猪かまさか熊?そこで鈴を取り出してつける。
 やがて北斜面皆伐箇所に出た。ちょうど醍醐集落をはさんだ対岸の山で架線をかけ作業中。人がいると安心だ。中央右手の小ピークが、尾根から北にはずれた要倉山だろう(右上)。
左下:東側都心方向を望む  右下:雪害で大きく曲がった木





左上:北側の醍醐集落を望む  右上:醍醐と上案下を結ぶ要倉峠という古道があるが、この鞍部ではないかと思われる。昭和34年の皇太子ご成婚の際小学生らが旗を持ってこの峠を歩いたと古いハイキング本(『多摩の低山』)にある。
 前方左手(南斜面)より、さかんにチェーンソーの音が聞こえてくる。熊の出そうな山なのでこれも安心だ。やがて南斜面皆伐箇所に出た(左下)。皆伐箇所は新たに植林されている(右下)。尾根沿い、林の縁に沿って道は続く。





左上:対岸には八王子城址のある北高尾山陵が連なる  右上:都心方向を望む
高茶山手前で尾根は90度に曲がる。要倉尾根を振り返ったところ(左下)。再び植林の森に入り、やがて落葉樹林となり高茶山山頂に出た。山頂には「高茶山(旧金森山)山頂732m」と書かれた間伐記念の標識があった(右下)。



 山頂から南へ道は続いている。しかし、『多摩の低山』によれば高茶山の先は作業道に誘われないよう注意し西へ行くとあるので、最初南への道は避け西へ下りてみた。笹薮に明瞭な道があったがすぐに消滅、しばらく下りた先はどう見ても尾根は続かず谷へ落ち込む。これは違うなと登り返し、南へ向かう道を進む。最初落葉樹林、やがて杉の人工林に入り、本にある黄色いテープの巻かれた杉を発見(左下)。ここで踏み跡は左右に分かれ、なるほどこの木の右の道が西へ向かっており、しかも尾根道だ。
 さくさく進み、再び50度くらいある斜面をよじ登ると醍醐林道をすぐ下に見る尾根に出た(右下)。ここで林道に下りてもいいが、いちおう尾根道は林道に沿って続いており、写真奥の小ピークの先で林道と合流して終了だった。



 本にはところどころ道が不明瞭とあったが、現在は基本的にはっきりしており迷う心配はない(作業道はときどきあるのでそれに引き込まれる可能性はあるが)。1980年代、日の出町の里山尾根歩きをしたときは、その荒れっぷりに驚いたが(藪がすごくほとんど歩けない)、最近は明瞭に道がついていることが多く、さらに赤テープや刈られた跡など整備されていることも多い。里山歩きをする人が増えたのだろうか。

 ところで和田峠に到着し、甘酒買って飲みながら茶店の人に動物の糞の写真を見てもらった。すると「確かに熊かもしれない。このあたりにいるんだよね」と言う。林業作業の人が何度か見た、ハイカーも醍醐丸あたりで見かけた、それで地元猟友会が麻酔銃で一頭しとめ、丹沢の山に放したという。「今神奈川では環境保護団体がうるさいから殺さないで丹沢に放すようにしている」とのこと。「でも丹沢もけっこうハイカーや登山客が来るし、熊放して大丈夫なんですか?」と気になる。「こっから北は実際捕まったからいる」さらに南の陣場山でも、夕方4時頃登った人が熊を見かけた、と慌てて下りてきたことがあった、だから南もいるかもしれない、ただ夕方で影を見た程度ではっきりしない、との話だった。とにかく今年(2012)、山に食べ物がない、柿も全然なっていない、このあたりは猿の群れが2つあるが山に食べ物がなく柚子についているほどだという。「陣場に熊が出たら高尾に近いし、大騒ぎになりますね」と話す。

 要倉尾根や青梅のノボリオイゾネなどを歩いて思ったのだが、やはりこうしたバリエーションルートに近い尾根道はアップダウンが激しい。時に50度近い急斜面があったりする。体力的にも大変だし時間も見た目より余計にかかる。人が少ないから巻き道もないのだろうが、急斜面で巻き道つけられない感じのピークもある。やはり一般ルートにならない尾根には、それなりの理由があるのだろうと思う。



hidari.gif 高尾マイナー尾根2八王子(恩方今熊網代) migi.gif


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常念/徳本/薬師/雲ノ平/神岡新道/笠ヶ岳/ジャンダルム/前穂      中央ア:木曽駒 /安平路
南ア:北岳/南ア縦走1/2/白峰南嶺/仙丈/甲斐駒           林業


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