東 京 里 山 尾 根 歩 き 1-4
(町  田 4/ 多  摩  市)

 小野路町の石久保から関屋にかけても深い雑木林が残る。また、黒川から別所、小野路宿にかけて、近藤勇や土方歳三が歩いたという布田道が整備され歩くことができる。
   布田五宿とは上石原宿、下石原宿、上布田宿、下布田宿、国領宿の五つの宿場
   近藤、土方、沖田らが江戸の道場から小野路宿に出稽古に行くときは、甲州道と布田道を
   使って通ったという
   この布田道が小野路宿と江戸を結ぶ一番の近道だった

 初夏の黒川のようす、小野路町の布田道については、町田1で紹介している。

目次: 布田道  小野路町   小野路町関屋  よこやまの道

その他町田編目次: 小山田−小野路   黒川−別所   布田道   三輪から寺家
    柿生−茶臼山(川崎)   唐木田−小山田   小野路城址   唐木田周辺
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    野津田公園   尾根緑道−戦車道路   図師   忠生   七国山−薬師池公園丘



布田道  2011年春

黒川−別所
 真光寺公園の大通りをはさんだ向かいにある霊園脇に、布田道への登り口がある(写真左下)
 この道は、よこやまの道や町田1で歩いた黒川−別所間の尾根道の、谷戸一つはさんだ南の尾根道にあたる。尾根の標高は120mほど。




上:新撰組の近藤勇や土方歳三が歩いた道、と書かれた標識  布田五宿と小野路を結ぶともある
 別の標識では布田と別所、関屋を結ぶともあった

右上:尾根道のようす  しばらく霊園脇を行き、やがて変電所脇を行く道
右下:変電所脇から谷戸方向を見る  「この道行き止り」の看板があったりするが、徒歩は大丈夫


西東京変電所の北西角に徒歩道の十字路があり、黒川の谷戸から上り変電所脇を真光寺へ降りる南北の道と、東西を結ぶ布田道とが交差している

黒川の谷戸から上ってみた(左下:変電所付近の谷戸)。谷戸奥から畦道をあがると車道の先が工事中。警備の人に通れるか聞くと、ときどき脇の土道を歩く人がいる、というので行ってみると、この十字路に出た。

黒川から別所にかけての丘上には、建設業の資材置き場や小屋があちこちに立ち並んでいる
十字路の西尾根で見かけた観音像(右下)。バブル期にこのあたりで宗教施設でも作られ、廃棄されたのだろうか?




尾根を道なりにゆくと右(西)へ上る道があり、三社大権現と標識にあった
左上:三社大権現   右上:その西にある地蔵尊

少し下ると五差路に出る。一番広い車道は下堤から綾部の方向へ下っており、東の二本は真光寺方向へ下る。
左下:真光寺の谷戸奥   右下:鶴川和光小学校脇の尾根道




上左右:下堤へ向かう土の尾根道   左下:真光寺方向への尾根道(車道) 資材置き場が多い

五差路から西へ向かう車道が布田道の続き。途中分岐があり、南側が布田道で途中から土道もある(右下、入口はわかりにくい)




 左上:布田道    右上:別所へ下りるあたり


小野路町

 布田道は鎌倉街道を渡り、小野路町側へ続く。小野路町側の布田道の初夏の様子については、町田1で紹介してる。
  右:谷戸の布田道

左下:冬の関屋切通しの様子
  昔ここに小山田氏の関所があったと伝えられている
  よこやまの道掲示板によれば小野路関屋城があった

右下:切通しから北へ向かう鎌倉古道(平山城址ルート)




小野路町関屋  2011年春

 小野路城址と鎌倉街道にはさまれた小野路町関屋の一帯にも、深い雑木林が残る。
 気に入ってあちこち歩き回っていたら、2011年3月中旬、小野路町城山でハイカーが白骨化した遺体を発見したと新聞記事にあった。昨秋行方不明になった17歳地元少年という(その後事件は解決)。群馬あたりの山林でときどき死体遺棄があるが、このあたりも結構森が深い。亡くなった人も気の毒だが、発見者になるのも・・・藪のような箇所の尾根歩きは自重したほうがいいかもしれない。

 鎌倉街道から布田道に入ると、北への上りと分岐するところがある。その車道を行ってみた。下:広い畑が西斜面に広がり、やがて南野の霊園北に出る。


 布田道を谷戸奥まで進むと、関屋の切通しへ上る布田道と北へ谷戸沿いに進む道に分岐する。そこを北へ行ってみた(左下)。分岐点にある掲示板によれば、散策路は谷戸を横切り、尾根へ上る道を指示している。右下はその尾根への登り口。




左上:尾根道  やがて恵泉女学園大脇へ出た(北へ行く鎌倉古道と合流)

切通しは変則十字路となっており、都道へ下りる道、北の一本杉公園や恵泉女学園へ向かう鎌倉古道、そして「関屋」の標識の置かれた南へ向かう道が交わっている。南への道を行ってみた(右上)。

下:萌芽更新の森。かつては薪炭林だった


この森の中心に、森に囲まれた一軒家が忽然とある。
夏に来ると鬱蒼とした中突然現れ昔話の世界のよう。
道はこの一軒家と畑を中心に、変則十字路になっている。





東へ行く尾根道は竹林をくぐり(右二つ上)、
南斜面の開けたところに出た(左上)

右上:野津田公園方向を望む
公園内競技場の照明ライトが見える

道の先は、鎌倉街道から新屋敷へのバイパスに下りる

南へ行く道は新屋敷の集落へ下っていた

西へ行く道は中宿へ下りる(左)
入り口は逆から入る場合わかりにくい



よこやまの道  2011年春

 よこやまの道を整備した多摩市のホームページによれば:

「多摩丘陵は武蔵の国府(府中)から眺めると横に長く連なる山々でした。
 夕暮れ時にシルエットとして浮かぶその美しい姿は、万葉時代の人々から「多摩の横山」、「眉引き山」などとも呼ばれていました。
 武蔵野と相模野の双方を眺められる高台として、また西国と東国を結ぶ交通の要衝として活用されてきました。
 この東西に伸びる尾根筋には鎌倉古道(古街道)が南北に交差し、その痕跡が各所に残され、また様々な伝説等も語り継がれています。
 古代〜中世〜江戸時代に渡って政治、軍事、文化、産業、社寺参詣などを目的として、東国西国間の交易を行う商人や武士団、諸国霊場を行脚する巡礼者や都の貴人・官人、また幕末には新選組ゆかりの人々も行き来したと推測され、歴史とロマンを感じることの出来る道です。」

 真光寺近辺を歩いたときに知り合った女性から、唐木田に「よこやまの道」というのができて皆よく歩きに行くと聞いた。春になると旗を立てて大勢歩いている、昔と違いすっかりきれいになって歩きやすい、という。
 公園として整備されることが、古道やかつての里山の雰囲気を味わうのに良いかどうか、個人的には整備されない山道状態のほうが好きだが、整備されたほうが歩きやすい、怖くないという人も確かに多い。

 多摩丘陵は高尾の南から東へ伸び、多摩川の支流大栗川で南北2つの尾根に大きく分かれるが、よこやまの道は南側の多摩丘陵の主尾根にあたる。小山田や小野路はそこから南に伸びる支脈になる。北斜面の団地群と南斜面の里山雑木林を分かつ尾根道でもある。
 この主尾根には車道の大通りが通っており、歩くには面白くないと思っていた。しかし彼女の話を聞き行ってみると、よこやまの道は大通り南の脇道や土尾根をつなぎ、遊歩道として歩けるようになっていた。

 左下:よこやまの道の西端の起点(小山田緑地北)。丘も道も西へまだ続くが、町田市の標識に変わり”よこやまの道”ではない。よこやまの道は基本的に多摩市と町田市の境をゆく道のようだ。
 このすぐ上の標識に、このあたりが山王塚跡で鶴見川源流最高度三角点(168m)があるとの解説。国土地理院の地図で見ると、168mの三角点は道路をはさんだ向かいの電波塔の丘になっている。北斜面は自動車教習所や工場、大学が続くが、南斜面は里山の風情が残る小山田で、けっこう山深い(右下)




 よこやまの道に平行して残る山道は京都と東北を結ぶ奥州古道の跡だったとの説明書きあり。
 右下:大妻女子大裏
 大妻女子大付近と、東京国際カントリー倶楽部から国士舘にかけては舗装道のところが多い





左上:南野付近から小野路城址方向を望む

一本杉公園、恵泉学園大脇を越えるとやがて眼下に鎌倉街道が見えた(左)
(写真の鞍部を南北−写真では左右−に通る道)

このあたりの解説板には、大軍勢の通った道とある
解説の地図によれば、旧鎌倉街道は現在の鎌倉街道の両脇尾根や中腹に何本も通っていたらしい




 左上:現在の鎌倉街道東側の「よこやまの道」入り口にあった立て札。「古道五差路と軍事戦略的な鎌倉道」とある

 右上:国士舘大脇  この付近の説明板に、南の尾根を古道跡が平行して何本も走っている、交通量が多かったのか、荷物によって道を分けていたのかもしれない、とあった。
 また国士舘東の別の説明板には、1333年分倍河原の合戦前夜、鎌倉を攻める新田義貞を迎え撃つ鎌倉側の軍勢が、この尾根の川崎側(南斜面)に野営したとある。この分倍河原の合戦で大敗した幕府軍は滅亡に追い込まれた。


 国士舘の先で左手(南側)の黒川方向に下りる道がある(右上)。周辺の雑木林は明治大学と市が共同で調査しているとの説明板があった。道なりに下りると谷津田があり変電所裏に出る。ここから布田道に上ることができる

 右下:防人見送りの峠の碑  この峠から丹沢、奥多摩、秩父の山を一望することができる
 防人は武蔵国府(府中)から陸路で難波へ、難波から海路で九州の任地に赴いた
 ”万葉集では望郷や別れを惜しむ道筋として「多摩の横山」が詠われています”と多摩市のよこやまの道ホームページにある

左:桜並木(黒川北)  春はきれいそう



 左上:黒川北あたりから多摩公園までは土の道で歩きやすい
 右上:はるひ野北にある標高144.4mポイント。諏訪ヶ岳とも言うらしい。この西を瓜生黒川往還(八王子と川崎を結ぶ)が通る。この近くに丸山城と呼ばれる場所があり、狼煙台のある通信基地だったという(現在は黒川配水場になっている、現代の通信基地NTTの基地局が立っている、川崎市最高峰であるなどのネット情報あり)

 左下:南斜面に広がるはるひ野の住宅街





上:よこやまの道の東側起点、
多摩公園に到着


左手の丹沢山系、
右手の奥多摩の山々の間を
沈む夕日




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