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神  岡  新  道

 立山から薬師平を経て雲ノ平へ行き、黒部五郎岳肩経由で神岡へ抜けたときの記録3

目次: 1日目 立山−五色ヶ原           2日目 五色ヶ原−薬師峠
     3日目前半 薬師平−薬師沢       3日目後半 薬師平−雲ノ平−高天原
     4日目前半 高天原−黒部五郎小舎   4日目後半 黒部五郎岳肩−神岡新道
     5日目 北ノ俣岳避難小屋−飛越新道−神岡

日本アルプス目次:
   北アルプス縦走:後立山 扇沢−裏銀座 槍穂大キレット 剣岳 十字峡 栂海新道
       東西鎌尾根 焼岳 合戦尾根−徳本峠 雲ノ平 笠ヶ岳 西穂ジャンダルム奥穂

   南アルプス縦走:前半(野呂川−塩見−荒川)  後半(赤石岳−聖岳−茶臼岳)
       北岳−間ノ岳−農鳥岳(1993)
       白峰南嶺 仙丈ヶ岳(仙塩尾根) 甲斐駒ケ岳(黒戸尾根)
   中央アルプス:木曽駒 越百−安平路



黒部五郎岳ノ肩−神岡新道 4日目後半

2016年8月中旬
コース記録:4日目後半  黒部五郎小舎11:40−黒部五郎岳ノ肩13:20−中俣乗越14:30−北ノ俣岳15:55−北ノ俣岳避難小屋16:55

 下:すでに紅葉だろうか、黄色い草地







 上、左下:黒部五郎岳下にあったカール  建物など人工物が何もない自然そのままで、結構感動的な景色。今まで北アルプスの山小屋で、黒部五郎岳を歩いたという人によく会ったが、地味そうな尾根なのになぜそんなに行くんだろう、と不思議に思っていた。黒部五郎小舎の立地とこのカールを見て、皆これを見に来るのだろうと納得した。



 右上:黒部川の谷から雲がわいている 奥に薬師岳、右に雲ノ平の台地
 左下:カール右手(北西側)の尾根  右下:カール下方向と雲ノ平を望む



 カール歩きでも、結構下りてくる人とすれ違う。太郎平小屋か薬師岳山荘あたりから来た人たちがちょうど通過する時刻だったようだ。どうやら折立、太郎平(薬師岳)、黒部五郎岳とそのカールが人気コースになっている感じだ。一方、自分と同じ方向はまったく見ない。太郎小屋方向行きは、通常三俣山荘か黒部五郎小舎発だろうから、このへんはもっと早い時間に歩いているのだろう。



 カール左手(左上)や、これから向かう先(右上)は黒部五郎岳の尾根で、岩山だ





 左上:最後は急登、カールを見下ろしたところ
 右上:黒部五郎岳ノ肩に出た  ここで4人ほど、荷物をデポして黒部五郎岳に登ってゆく人たちがいた。彼らがこの日会った最後の人たちだった。雨が心配なので黒部五郎岳山頂はカット、先を急ぐ。ここからは誰もいない尾根歩き。
 下:北西の北ノ俣岳へ向かう道  霧が濃くなってきた。カールまでは北側は景色が見えていたのが、肩以降見通しすらきかなくなり、ひたすらたんたんとゆく。





 這い松帯  右上、左下:ここにも雷鳥がいた 最初警戒するような鳴き声が聞こえ、目をこらすと二羽いる。登山道近くでは雛の鳴き声のような音がする。二羽はそれぞれ違う方向で目立つように走って見せる。どうやら雛から注意をそらそうとしているらしい。あんたらの子供に興味はないよ、と彼らの写真と撮るとさっさと進んだ。あまり心配させても悪いので。    右下:雷鳥が騒いでいたあたり





 左上:ここが中俣乗越(だと思う) 道標のような板があったが、よく読めなかった
 下:赤木岳へ向かう道 結構登りがきつい。ここが頂上かと思っても、霧の中次々と次のピークが現れる





 北ノ俣岳手前で一瞬晴れてきた
 上:手前草地の次奥、右から中央に流れる尾根が赤木平、その奥の谷が薬師沢から黒部川の渓谷、その奥右の尾根が雲ノ平の西端



 快適な尾根道を進む



 右上:北ノ俣岳   左上:さらにこの先太郎山へ続く尾根道 神岡新道は写真左端の屈曲点から左へ下る     左下:神岡新道への分岐
 右下:右手(東)黒部川支流薬師沢左俣の谷に虹がかかっていた。しかし、このあとついに雨が降りだし、本降りになった。





 這い松帯の気持ちのよい景色だが、登山道がえぐれて歩きにくい
 下:池塘の多い湿地帯に出た 景色は美しい でも木道がところどころ崩壊している





 右上:北ノ俣岳避難小屋 少し古いが頑丈な小屋。おそらく今日は一人だろうと予想。合羽は外に、小屋中に湿っぽい服を干す。ラジオでは関東は何度も台風が来ているようで大雨、関西は37度の猛暑と言っている。


北ノ俣岳避難小屋−飛越新道−神岡  5日目

コース記録:5日目  北ノ俣岳避難小屋5:15−寺地山6:15−飛越新道分岐7:15−8:50登山道入口9:25−和佐府10:30−下之本10:50−森茂12:00−山之村隧道13:15−和佐保14:00−神岡15:00

 朝、雨は上がっていた   左下:神岡新道から避難小屋への分岐を示す道標
 右下:これから向かう尾根道 遠くに見えるのが寺地山





 雨の残りか朝露か、水気があるのでゴアの上下を着て歩く。
 左上:尾根北側には雲海が広がる  左下:尾根南の北ノ俣側の谷   右下:樹林帯に入る



 上:これからむかう寺地山を望む





 この道、ぬかるみがひどい。雨上がりにしても、さほど大雨でなかったし(台風まだだし)ここまでぬかるむとは思えない。歩けるところを探して歩くだけで大変だ。

 左写真のような、玉切りの材が足場用に埋まっているが、こういう木はぬれると滑りやすい。丹沢塔ノ岳から西へ下る道で滑ったことがあるので極力使わないようにしたが、それでもたまに使わざるを得ないところもある。
 すると案の定、何度か滑った。しかも、材が泥水に半分浮いているところすらある。

 あとで、神岡で聞いたが、この道はいつでもこうだ、水が多いという。
 木道の崩壊箇所も、水分の多い泥地面のため、杭を打ってもなかなか安定させられないことが原因と思われる。メンテナンスしきれないのだろう。






 左上:道筋でよく見かけた巨大オオバコのような植物
 右上:飛越新道分岐  神岡新道は整備されていないので、行く場合は十分注意を、とある。この水気の中バリエーション歩きは勘弁なので、距離は長くなるが安心な飛越新道を行く。





 右上:飛越トンネル手前の登山口に出たところ ここで濡れた服と靴下を着替え、インソールを出して靴を乾かす
 左下:しばらくひたすら林道歩き でもぬかるみの中歩けるところを探して歩くよりもずっと楽だ
 右下:最初の集落、和佐府についた。山之村(今は飛騨市)には行政バスが1日2本通っている。和佐府7:50と13:16、次のバスまでまだ3時間以上ある。やることないし、元から歩く予定だったので先に進む。





 立派な家があった(左下) かつての庄屋だろうか    一方、耕作放棄地も目に付く(右下)





 上、下:下之本集落 山之村は日本の里百選に選ばれたという(大きな表示があった)。和佐府やこのあと通った伊西あたりでは誰も外に出ておらずしんとしていたが、下之本では畑で作業している人を見かけた。
   統一されたデザインで、下之本XX農園と書かれた看板があちこちに立っている。(やっていない感じの牧場や農園もあるが)集落を盛り上げようとする力がまだあるようだ。
 日本の里百選看板の写真を見ると、ここも百選に選ばれた頃に比べ、現在は人口がさらに減り空家も増えていると思われる。が、耕作放棄地があっても集落全体はまだきれいに保たれており、東京近くの山村程度の過疎レベルだ。(このあとレベルの違う限界集落を見ることになる)。

 左下:屋根上に乗った養蜂の箱   右下:きれいな庭を作っているところがあった(写真はちょっと遠いが、右手のあたり)





下之本から川沿いに進み、森茂(もりも)集落に出た(右上)
左上:動物防護の電気柵
森茂はけっこう広い平地のあるところで、郵便局もあり、かつてここが山之村の中心だったのではないかと思われる
ここでちょうどお昼のサイレンが鳴った

左:森茂と伊西間にある峠道
かつて歩きだった頃は、和佐府や下之本に来るには峠をいくつも越え、大変だったに違いない
下:峠を越えると伊西集落 しかし写真のように、耕作放棄地、雑草まみれの土地ばかり。ぽつぽつ見える家も空家が多く、家の周囲がきれいに刈られている家のみ、かろうじて人が住んでいる感じだ。





 右上のかつての畑(耕作放棄地)を見たとき、ここはもう森に返りつつあると感じた。よく熊や猪が里に出てくるのは、人が里山に入らなくなり山と里の境に藪や雑草が茂り境界がわからなくなっているから、と聞くが、そのレベルですらない。ここはもう、集落全体が山に返りつつある。これでは熊も猪も、里も山も見分けがつかないよ、すぐに樹木も生え始めるだろう、じきもう山だよ、と思う。
 東京の奥多摩や桧原、埼玉の秩父、山梨上野原の奥地も限界集落じみたところはあるが、それでもまだ家の周りや畑はもとより、集落全体としてきれいにされている。荒らしているところがあっても、まだ一部だ。ここは集落全体が草や藪におおわれ、ごく一部島のように人の住む人家があってその周囲だけきれいにされている。なんかレベルの違う過疎っぷりを見た気がした。日本全体の限界集落の将来は、このようになるのだろう。



 伊西のバス停で、コミュニティバス13:40と見たが、もうここまで歩いたので、全部歩くことにする。
 伊西からは伊西峠へ向け、登りになる。ここが長かった。ヘアピンカーブが多く、地図の見た目よりも歩く距離が長くなる。なんとなく、登山口から神岡市内まで4時間で行きそうだと見ていた(ただし、和佐保以降はもう神岡に近いから、と地図を用意しなかったため、正確な距離はわからない。これも失敗)。が、もうすぐ4時間になるにもかかわらず、まだトンネルにすら到達していない。次第、空も雨模様になってきた。ひたすら登りを急ぐ。



 左上:伊西峠と山之村隧道 
 トンネル脇の板碑には「伊西峠は和佐保から伊西に入る峠で、山之村の玄関口に当たる峠であります。この度の伊西トンネルの完成は多くの先人達の御尽力によるものであります。「道」は物資を運ぶだけではなく人の心も運ぶ「みち」でもあります。この道が末永く山之村の人々に愛され地域振興に貢献する道であることを願っております。平成十六年十月」とあり
 その脇の石には「道の夢 平成十六年九月吉日」といずれも飛騨市長の名で刻まれていた。
 トンネル開通はどう見ても悲願だったろうが(地図で見ると、それまでは標高1350mほどの2座の山を避け、北から大回りして伊西に入っていたようだ)、よくあるケースとして、なぜか車道が開通して便利になると、底が抜けるように人も出て行く。町場に通勤して働けるようになり、次第通うのが面倒になり、町場に越してゆくのだ。既に仕事があるので、新たに家を建てられる。
 そして不思議なことに、神岡に近い伊西よりも、はるかに山奥の下之本のほうが、荒地レベルが低く人もいる。



 峠を越えると神岡の町が見えてきた(左上)。はるか下に見え、あそこまで下りるのかと少々がっかりする。ここからも長かった。トンネル越えれば楽勝と思っていたのが、結局1時間半ほどかかったのだ。
 峠を越えしばらくすると、ついに雨が降ってきた(このあたりでコミュバスに追い越される)。台風がらみの雨で、峠を下り最初にある集落、和佐保(右上)に着いた頃は雷も鳴るどしゃぶりの大雨。はねかえりその他で足元や胴回りなどがびしょびしょ(ゴアは着ている)、最悪だがこうなったらもうヤケ、ひたすら歩き続ける。



 左上:湖があった 地図で見ても名称不明だが、神岡鉱山の鉱滓ダムらしい(鉱山の精錬で発生する鉱滓を水分と固形分とに分離し、その固形分を堆積させる施設だとのこと−Wikiぺディア)。
 湖のあたりで、ようやく小雨になってきた。   右上:神岡の市街地
 結局神岡市街地にたどりついたのは15時、登山口から5時間半かかった。
 バスターミナルの場所がわからなかったので、「交番」の案内標識を見つけ、そのとおりに行ってみる。と、交番どころか大きな警察署の建物。でも引き返してKOBAN探すのも面倒だし、交番と案内されていたのだから、道聞いても大丈夫だろう、と中に入る。入り口に”山岳警備なんとか”と札が掛かっていたので、山岳警備も行っているらしい。
 単に道を聞いただけでも、丁寧に教えてくれた。山岳警備の札がかかっていたので、知っているだろうと神岡新道の泥沼道についてたずねると、「あそこはいつもそう。雨が降ったからだけでなくて」と笑っていた。

 以前「有峰物語」という本を読んだことがある(有峰は山之村のちょうど北にあった集落。山奥の村でなかなか外界と行き来できなかったため、結束が固かった)。ダムで消えた有峰集落の人たちのかつての生活と、ダムで散ったその後を書いた本だが、ダムで沈まなくても結局は山之村伊西と同じ状態になったのかもしれない、とも思う。もちろん、下之本のほうかもしれない。

 登山口から神岡に降りる途中、森茂と伊西の間の峠、山之村トンネルの手前の2箇所で、「神岡まで出るけど乗ってゆく?」と車でゆく住民が声をかけてくれた。せっかくここまで歩いたので、全部歩くモードになっていたため断ったが、人は温かい。

★以下の話は、このページだけ見ていると唐突感があると思いますが、以下はこのシリーズの1ページ目立山から薬師沢と2ページ目雲ノ平で紹介した、かつて黒部川上流、雲ノ平とその周囲を取り囲む尾根筋を猟場として駆け回っていた猟師たちに関する本「黒部の山人」「黒部の山賊」の内容の続きです。★

 「黒部の山人」で猟師鬼窪善一郎氏が面白いことを言っている。鬼窪氏の猟犬のうち一番の名犬はバカ犬タイプだという。初めて猟に出たとき丸木橋を渡れず、これが渡れないようじゃ使えない、と置いてきた。すると1週間ほどたった後、よれよれになって戻ってきた。その後ふっきれたように、目の色が変わりバカ犬タイプの名犬になったという。どんな崖でもカモシカを追い詰める、追い詰めたら主人が銃で撃つため駆けつけるまで、何日でも絶対に離れない。バカ犬タイプは雄に多い、なぜか牝犬は”とことんまでやらない”という。
 牝がとことんまでやらない、というのは、なんとなくわかる気がする。以前雑誌で読んだ岩手マタギ犬の名犬黒獅子号は確か牝犬だったから、牝にも名犬はいると思うが、おそらく黒獅子号はハンター能力の高いタイプで、バカ犬タイプではなかったろうと思う。剣岳2の雷鳥荘の項でも書いたが、スポーツや山登りなどの際、限界までやるか否かに男女差のある話が出た(女子は倒れる際に手をつくが男性はいきなり頭から倒れる、女子はぎりぎり最後の体力を温存していることが多いが男性は最後までふり絞りいきなり動けなくなる、など)。
 いきなり倒れると命に関わるので、それ、て生物としてどうなんだろうと思うし、なんとなく牝や女性は、そこまでやる必要があるのだろうか、そこまでやるのはばからしいんじゃないか、という計算のようなものが本能的に働く気がする。一方、バカ犬タイプも必要だ。バイキングの航海もエベレスト登頂も、行き着いたり達成するまではバカ犬タイプの屍累々だが、遂にやりとげるバカ犬が出て「行けたよ!」と戻ってくる。成功体験が重なると安全なルート装備も開発され、女子供年寄りでも行かれるようになり、新天地に移住したりする。



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