東 京 里 山 尾 根 歩 き
(高 尾 陣 馬 マイナー尾根2)

 高尾から陣馬山にかけてのマイナー尾根を、地図読み勉強を兼ね、まったり冬場に歩いてみた。

マイナー尾根目次: 桂北−孫山  イタドリ沢ノ頭−孫山  大嵐山−鞍骨沢−奈良尾峠−伝通  小仏峠
   太鼓曲輪尾根−茗荷沢  梅ノ木平−入沢山  日影−城山−景信山東尾根

高尾1: 高尾と南尾根(南高尾山稜)  淺川金刀比羅宮  金毘羅神社  北高尾山稜
    駒木野から北高尾
    陣馬山  景信山  与瀬神社  三頭山から笹尾根を下って高尾山へ



桂北−孫山

2013年1月下旬
コース記録: 相模湖駅12:20−八坂神社12:55−分岐13:15−13:25孫山(大明神山)13:30−栃谷板坂林道ゲート14:25−14:50小原登山口14:55−子孫山手前分岐15:15−東尾根出口15:50−相模湖駅16:00

 孫山まで桂北を沢沿いに登り、孫山東尾根を下りる予定で相模湖駅を出発。しかし早々に桂北へ入る道を見落とし、国道沿いに小原まで歩いてしまうミス。国道歩きだと安心して考え事をしていたのがよくなかったのだが、なんだかモチベーションが下がって、もうやめにしてどこかのターミナル駅に戻ってドーナツでも食べたいなあと考えてしまう。



 多少ショートカットになる道を見つけて気を取り直し、八坂神社脇の入口へ(左上)。南西に相模湖の町がよく見える(右上)。



バリエーションルートに近いと聞いたが、道は思いのほか明瞭(左上)
枝打ちされ整備された山だ(右上)
最近作業に入っている感じで、それもあって道が明瞭なのかもしれない

左:与瀬神社からの縦走路に出た
左下:誰かさんが開けた穴 あちこちにあった。イノシシ?アナグマ?裏高尾にはアナグマがいるし
右下:縦走路から孫山ピークへの分岐






左上:孫山(大明神山)と書かれた平らなピーク548m
 北東に明瞭な道があった(右上)。道なりにさくさく進むが、東へ曲がる目印となる石標が見当たない。どうもおかしい、と登りかえして探すがやはり見つからず、どう見ても北東に尾根を下る明瞭な道しかない。孫山東尾根道はもう一本南の子孫山東尾根からの巻道と交差するはずで、石標はその交差点にあるはずだ。巻道らしい踏み跡は見つかったものの石標はない。その後再訪したとき(イタドリ沢ノ頭−孫山)、巻道を探索しておけばよかったのだとわかるが、このときはさらに子孫山の東尾根も歩くことも予定しており、あまり時間がない、ということもあって、まあいいや、道は明瞭だし、ととりあえず北東尾根を下ることにした。
 この、疑念が残るのを解決せずに放置して、時間がないなどの理由でまあいいやと先へ進む横着が間違いの元になる(入山尾根での道迷いでもそうだった)。
 次第、右手がより高くなり尾根となって見えてくる。これが目指す尾根かもしれない、と一瞬考えるが、あれだけ探してなかったのだし子孫山東尾根だろうと判断してさらに下る。



 尾根道は次第荒れてきた(左上)。尾根の方向も北東のまま。右手に明瞭に東へ向かう尾根が聳えるのをみて完全に間違えたと悟る。一方、この尾根道にも黄色テープだの目印があり細々と踏み跡は続いている(右上)。登り返すのも面倒だし、ここまで来たらどこへ下りるか見たい気持ちもあり、孫山ならどこかの林道に出るだろう、しとそのまま下りる。
 沢の水音が聞こえ、左手下に白い広場が見えた。尾根の方角は北北東、おそらく栃谷板沢林道だろう。かなりの急斜面だが青テープに沿って下ると、林道ゲートそばに出た。入口付近には「私有地につき立ち入り禁止」の看板。スミマセン、道間違えました。



 白い広場はゲート手前の駐車スペースに積もった雪が溶けずに残ったものだった。左上:栃谷板沢林道
 林道を歩き、懲りずに小原から子孫山東尾根に入る(右上:登山口)。
 この尾根道はハイキング道のように整備されており(左下)、さくさく登って桂北へ下る支尾根への分岐に出た(右下)。ここからこのバリエーションルートを下る。





 桂北へ下る尾根道はかなり急だが、ずっとロープが掛かっているのでロープ沿い(尾根道でもある)にゆけばふもとの集落に下りられる。あまり人が歩いていないのか、足元はふかふかだ。

 左下:春日不動の祠  右下:桂北から相模湖  子孫山東尾根から桂北へ下る道は、この祠下の家の人がロープなどで整備してくれたという



 桂北は南斜面で暖かいが、栃谷板沢林道や小原の北登山口付近の集落は冷蔵庫の底のように冷えて寒かった。標高が高くてもむしろ尾根上のほうが暖かく、地形によってずいぶん温度が違う。奥多摩でも同様だが、日の当たらない沢筋は冷気がたまりやすいと痛感する。



イタドリ沢ノ頭−孫山

2013年1月下旬
コース記録:藤野駅12:30−登山口12:45−イタドリ沢ノ頭13:25−矢の音14:00−孫山14:30−小原登山口15:15−相模湖駅15:45

 先日、孫山東尾根への道が見つからなかったこと(上、桂北−孫山)が不思議でならず、リベンジを兼ねて再訪した。
 左下:日野集落 薪が準備されていた  右下:集落はずれから登山口を登る





 左上:山腹の畑  右上:尾根道はハイキングコース
 左下:大沢ノ頭  右下:尾根西に中里の丘上にある畑が見下ろせる





左上:イタドリ沢ノ頭

右上:奈良本峠
ここから孫山まで尾根を縦走

落葉樹の明るい森で、いい感じの尾根道が続く(左、左下)
目の前左手には明王峠への尾根が横たわっている。矢の音から北へ向かう尾根(与瀬神社から明王峠)だが、今回は東へ向かう







左上:矢の音頂上

右上:急斜面を下る

左下:大平小屋跡

ずっと人に会わなかったが、矢の音から下り縦走路に合流 したあたりで3人連れハイカーに会った
大平小屋でも3,4人休んでいた




 孫山頂上に出る。平たいピーク全体をつぶさに見回すが、やはり明瞭な踏み跡は東北尾根一本のみ。下りはじめは東北方向でよいので、この道を下りながら注意して東尾根に乗ることにする。下っていると、右下に明瞭な巻道を見つけ、そちらに下りた。巻道に沿って数10mほど北へ行くと、ついに石標発見(左上)!確かにここから東へ尾根が延び(左上の写真奥)、踏み跡もついている。逆方向(西)を見ると、4,5mほど上をさきほどの東北尾根が高度を下げながら下ってゆく。東北尾根から石標まで、薄い踏み跡があるといえばあるが、結構微妙。東北尾根上の踏み跡があまりにクリアなので、踏み跡よりも地形から判断しないと難しい。これも勉強だ。

 ところで孫山山頂のプレートには、孫山と大明神山の2つの山名が併記されていたが、地図では大明神山は孫山ピークの一つ北のピークになっている。一方、子孫山ノ頭ピークへの分岐を示す道標には孫山と表示されていた。山名が錯綜しているが、A集落から見た山名とB集落から見た山名が違うなどよくある話なので、そうしたことの結果だろう。

右上:東尾根道そのものは、前回の東北尾根と異なり完全に踏み跡明瞭、そこそこ歩かれているようで地面も踏まれて固く赤テープも多く、コンパス出す必要もなくさくさく歩ける。地図に不明瞭とある、南東方向の支尾根に引き込まれやすい部分も、今ではピーク北側に明瞭な踏み跡がつき南斜面を避けるため、自然と回避される(支尾根に気づかず歩ける)道筋になっていた。

 その後もたんたんと進み、尾根が南南東へ向きを変えるあたりから杉桧の人工林になった。最近大刈り(杉林の下に生える灌木を大鎌で伐採)した跡あり(左下)、作業道としても踏み跡が強化され整備も進んだもよう。
右下:南西に聳える子孫山からの東尾根(前回歩く:上の桂北孫山の後半参照)





小原集落へジグザグと高度を下げてゆき(左上)、沢を渡って林道に出た(右上)

国道に出ると、美女谷や子孫山あたりから下りてきたのか、大勢ハイカーが歩いており、本陣跡だの道の駅に出入りしている。小原は甲州街道の宿場町だった。
底沢バス停では30分近くあったので(先に歩いていたおじさん3人組はおしゃべりしながら待つことにしたようだ)、駅まで歩くことにする

左:国道沿いの小原のようす。立派な造りの家が多い。



大嵐山北尾根−鞍骨沢西尾根−奈良尾峠−伝通

2013年3月初旬
コース記録:夕焼け小焼けバス停10:55−大嵐山11:42−12:15鞍骨沢左尾根入口12:20−林道入り口13:05−陣馬高原バス停13:20−奈良子峠14:05−伝通14:50−陣馬登山口バス停15:40

 以前から沢沿いから離れた、山の中腹に存在する集落が気になっている。上野原の登下(トッケ)(雨降山−和見)や旧藤野町の登里(生藤山)などもそうだが、陣馬山南にある伝通(デッツー)も気になっていた。恩方のマイナールート歩きと合わせて行ってみることにした。

 バスを降り、北土代沢林道をしばらく行くと、左手(東側)に大嵐山の北尾根への登り口がある(左下)。ひたすら尾根を歩けばよいし、踏み跡も明瞭なのでわかりやすい(右下:西側に三本松山からの尾根が平行して走る)。





左上:八王子城と陣馬山を結ぶ北高尾山稜に出た
ここまで誰にも会わなかったが、さすがこの縦走路では何人ものハイカーとすれ違う

関馬峠の先で案下川へ下る分岐に到着(右上)

左:杉桧の人工林が多い。赤テープもあり尾根道はわかりやすい

左下:西斜面の皆伐された、見晴らしの良い箇所も通る

杉林の東斜面を下り、バス通りから林道への入口付近に下りた(右下、バス通りから見たところ。手前の橋右に下りてきた)





 ちょうど散歩中の人が声をかけてきた。あまり人の入らない沢から出てきたので、地元民のチェックが入ったのかもしれないが、気さくな爺さんでいろいろ話す。「どこへ登ってきた」と言うので「大嵐山の北尾根登って関場峠の先から鞍骨沢の西尾根を下りた」と言うと、「大嵐山?どこだ」と聞くので地図を見せる。「地元の人も知らないような山の名前を知っとるな」と言う。いやいや、山名は集落によって違ったりで地図が正しいとは限らない、いくつも山名を持つ山もあるし、地元では名がなくても(山仕事では仕事場を指す場合、山名よりも沢の名を使うことのほうが多い)登山者が便宜上自分たちでつけた(あるいは無理やり見つけた)山名もあるようだし、と答える。
 老人は毎日二万歩歩くようにしている、以前は3時間歩いて要倉山から陣馬に回るコースなどもよく歩いた、さすがに年取って今はやめたというので、私も要倉山を歩いたと言うと「へー道わかったか?」「高茶山あたりがちょっとわかりにくい。南へ向かう尾根があって」「そうだな」おそらくそのあたりに所有する山があり、見守りも兼ねて歩いていたのでは、と思う。昔このあたりは山仕事、炭焼きがメインだったという。
 今年はイノシシが捕れない、と老人は言う。「山でもあまりほっくり返した跡見なかっただろ。いつもはこのへんなんかも(と斜面の畑を指さしつつ)よくほっくり返してあるんだが。ミミズ探して掘っている」今年は猿も見ない、と言う。いつもは今頃になると柚子につくんだが、まだ生っていて凍っている。そういえば秋も柿を食べに来なかった。遅くまで柿がついていた。そのかわり鹿が多い。奥多摩のほうから大挙してやってきている。山歩いていても、コロコロした鹿のフンをよく見かけるだろ?
 熊は以前、小下沢にいて栗を食べていた。今はいない。醍醐丸のあたりでハイカーが見たというが、どうだか。
 初午の話になった。裏高尾の話をすると、ああ、確かにあっちではさかんにやってるな、ここらでは初午はあまりやらない、という。
 老人は陣馬高原下で引き返すそうで、「これからどこ登るんだ」「奈良子峠から藤野へ抜ける」「奈良子か。昔ならここから奈良子峠まで30分ちょっとあれば歩けた。今はもう無理だ。奈良子から藤野なら時間的にも十分だ。気をつけて」と言った。



左上:陣馬高原下から入った林道奥に、奈良子峠への登り口がある。左手にゆけば底沢峠、右手が奈良子峠だ
右上:奈良子峠への道 道は整備され標識もあり完全に一般登山道、わかりやすい。最後人工林をジグザグに登る

左下:奈良子峠に着いた。さすが高尾陣馬の主尾根コース、大勢歩いている
右下:すぐに南側の奈良子尾根道を下る。整備された一般道
 道端に峠名の由来書きがあり、かつてこの峠は栃谷と案下(恩方)を結ぶ交通路で、明治から大正にかけて栃谷から馬の背の両側に炭俵を三俵ずつ乗せ、自分も二俵背負って峠を越え、八王子で売って米など生活必需品を買って戻った、峠には馬をつないで休ませた楢の木があったのでナラコ峠と呼ばれるようになったという。





左上:南にはイタドリ沢ノ頭から矢の音孫山への尾根が屏風のように立っている

右上:西には栃谷尾根が平行して走る

左:北側、今下りて来た方向を振り返る 陣馬高尾縦走尾根が見える

登山道はいったん林道に出る。登山道は林道をはさみ向かいに続くが、今回は伝通を見たいので林道を西へ向かう



左:木々の間から山腹の民家が見える。何やら作業音も聞こえ、廃集落にはなっていないようだ
下:伝通への道





 林道ゲートがあった。その先、カーブを曲がったあたりが伝通集落だった(ちなみにこの林道、現在は斜面崩壊のため通行できないとある。奈良子尾根から西は問題なかったので、東側で崩れているのだろう)。

 道の両脇に3戸、斜面上に1戸、さらにカーブを曲がった東斜面上に1戸見える。

 左上:伝通集落を西からみたところ
 右上:斜面の畑

 伝通とは伝令が通ったところの意味だそうで、武田氏が陣馬山に陣を張り、北条側の動きを探っていたという。伝通から陣馬へ登る尾根道が今でも残る。
 左上:斜面に立つ栃谷の集落



小仏峠

2015年2月中旬
コース記録:小仏バス停14:00−小仏峠−藤野駅15:40

 マイナー尾根ではないが、小仏峠について。
 満州にあった興安陸軍軍官学校について調べていたところ、卒業生(日系は幻の一期のみ)の文集にこういう話があった。
 満州で生まれ育った某氏は、敗戦後山梨に引き揚げたが、引揚者への風は冷たく木炭の闇屋で生活する。中央本線で都内へ運ぶが、淺川駅(現高尾駅)の検閲を避けるため、与瀬(現藤野駅)で下り、木炭3俵を担いで小仏峠を山越えして運んでいたという。
 丹沢でも、札掛から炭を担ぎ徒歩で秦野に出、炭を売って生活用品を買い徒歩で戻っていたという話をシュトルテ氏の『丹沢夜話』で見た。交通手段や運搬手段が無く、昔は牛馬(余裕があれば)か人力が頼りだったから歩くことを厭わなかった(当然だった)のだが、今の人なら生活に困っても小仏峠を炭俵三俵担いで何度も越えよう、秦野札掛間を生活の買出しで何度も往復しよう、とは考えないだろう。思いもよらないことで、そうするくらいなら、そこでは生活できない、と考えるだろう。今と高度成長期以前とでは、限界に対する基準、”生活する”ということに対する認識が根本的に異なる気がする。




hidari.gif 高尾マイナー尾根1滝山城址/戸倉三山 migi.gif


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