東 京 近 郊  の 山  尾 根 歩 き
西 丹 沢 (マイナー尾根4)



椿丸

2015年6月上旬
コース記録:浅瀬入り口バス停9:15−10:05浅瀬10:15−椿丸13:10−15:00大栂15:15−菰釣山16:00−避難小屋16:20



 上:浅瀬への道   右上:対岸で道路だか工事中 途中ゴミ収集車が行って戻ってくるのとすれ違う。
 下:浅瀬集落 特産品加工所にいた人が話しかけてきたのでしばらく話す。道路脇の家は空家のようだが、まだ住民がいるんですね、ゴミ収集車も見たし、と言うと、まだいるが、ここは2010年の台風による土砂災害で大被害を受けた、と言う。加工所で何を作っているのかたずねると、今は機能していない、かつてはまな板だの作っていたが、との話。
 シュトルテ氏の『丹沢夜話』シリーズによれば、かつて浅瀬集落は大又沢出会の上流にあった。さらに奥の地蔵平や水の木にも、戦国時代北条氏の造船用木材供給地として栄え住民がいた(材は鉄砲出しで川流し、小田原へ運ぶ。鉄砲木の頭の地名はその名残)。昭和9年地蔵平、続いて水の木まで森林軌道が開通、このとき浅瀬集落は現在地に移転する。本にも、水の木から浅瀬までガソリン機関車に乗せてもらった体験談がある−シュトルテ氏自身は乗ったことはない。1962年に森林軌道が廃止されたとき、水の木と地蔵平の住民も浅瀬に移った。さらに1978年に丹沢湖ができると、多くの人が山を去った。





 左上:光廣日本刀鍛錬所とある(浅瀬にて)
 浅瀬橋を越えると、かつて吊橋がかかっていた箇所がある。吊橋を渡り対岸の山を登ると世附峠で、かつての生活道。男性が兵隊にとられた戦時中は、女性が世附峠を越えて御殿場線沿線まで炭俵を運んでいた道。しかし今、世附峠への道は崩壊して通れない。ちなみに御殿場線は、昭和9年に丹那トンネルが開通するまで東海道本線で複線だった。トンネル開通後は今の東海道線が本線となり、御殿場線はローカル線に、さらに1943年(昭和18年)単線化される。
 ここで水の木方向から歩いてくる単独女性に会う。切通峠へ抜けられないかと林道奥へ行ってみたが、崩壊してとても通れず危険だったので戻ってきたところだという。かつては西の忍野など山中湖側へも、水の木から切通峠を越えて出ることができた。今切通峠は山中湖側のみ通行可能、丹沢側には通行不能の札が立っているという。水の木から浅瀬の林道は何箇所も土砂崩れで、車だけでなく人も通行できない。
 地図によると吊橋のあったあたりの山側に、椿丸への尾根道の入り口がある。しかし、見た感じそのあたりはずっと崖で登れる感じでない。少し行くと杉林があり、ここからなら登れそうだ。人工林の斜面を登り、上で東からの尾根に合流すればいい、と人工林から入らせてもらう(右上:取り付きの杉林の様子)。
 尾根に出ると、踏み後はしっかりしていた。(左下、萌芽更新した木。かつて薪炭林だった)
 右下:780ピークの前後にある階段。林業作業か水源林巡視用だろう。ピークから西の山神沢方向にピンクテープ(おそらくこれも林業か巡視用)、椿丸方向へはオレンジテープがあった(数年たてば変わると思います、地図コンパスで要方角確認)。





 左上:795ピーク西付近 ここで北東から北西へ曲がる。795ピーク方向にテープがあり、椿丸方向へはテープなし。要方角チェック。    右上:広い尾根をゆく
 左下:東のミツバ岳?あたりの山を望む  右下:838ピーク山の西端に登るところ ここでまた左へ折れる。全体的に檜洞丸南の大杉山あたりに感じが似ている。





 次のピークとの間に、皆伐跡地なのか草原があった。草原の先にT字路のような分岐点がある。うっかりすると直進しがちだが、西へ折れる。右上:T字路の西へ向かう道のようす。突如、ハイウェイのように広々とした気持ちのいい尾根道が出現。
 左下:左(西)人工林、右(東)広葉樹林の道、枝打ちされていない檜林をゆく。杉は自分で枝を落とすが、檜は落とさないので枝打ちしていないとぼさぼさだ。やがて、椿丸に到着(右下)。山名からして、春には山椿でも咲くのでしょうか?





 椿丸北側の皆伐斜面上の尾根を、まず西へ向かい皆伐斜面をめぐるように直角に曲がって北へ向かう(左上)。この直角に曲がるところで直進方向(西の山神峠)への道が明瞭だが、大栂へは北。
 右上は皆伐斜面の椿丸より(北東方向)を撮ったところ
 左下:東の世附権現山(だったと思う)を望む   右下:踏み跡道をゆく





 左上:織戸峠 右に下りる分岐が富士見峠への道  左下:笹が多くなってきた
 左(西)の支尾根への道のほうがはっきりしている分岐があるが、ひたすら北へ進む   右下:大栂山頂 ここも西への尾根があるが、北北西へ。最初笹ヤブの踏み跡が不明瞭だが、やがてくっきりしてくる。





 上:笹ヤブは激しくなる
 が、足元に道がしっかりついているので、迷うことはないし、丈もさほどでないのでまあ歩きやすいほうだと思う(八王子あたりの里山のほうが、背丈以上のアズマネザサに覆われ大変だった)

 左:菰釣山




シキリ尾根−屏風岩山

2015年6月上旬
コース記録:菰釣避難小屋5:40−シキリ尾根分岐6:00−7:00林道出会7:05−8:00地蔵平8:15−信玄平9:30−10:10城ヶ尾峠10:15−10:55忘路峠11:05−11:45畦が丸避難小屋11:55−13:00(昼)13:40−屏風岩山13:55−15:00二本杉峠15:05−15:35川沿15:45−細川バス停16:00

 菰釣山山頂からほんの少し東へ行ったところに、シキリ尾根への分岐がある(道標はないがテープあり)。
 左下:分岐点と、右下:尾根の踏み跡





 こういう感じの尾根道。最初は笹ヤブ、やがて広葉樹林。ときどき支尾根があるので地図コンパスでチェック。下:尾根道のようす



下:右手(南東)への支尾根と分かれるところ。ここは左手奥(東)へ向かう
右:間伐されているが枝打ちはされていない檜林をゆく





 左上:林道に出た。シキリ尾根をノーミスで下りられたのが嬉しい。菰釣山からの分岐と檜林の入り口の二箇所にテープがあった。あとはテープを見なかった
 ここで休んでいると、何鳥かカッカッカッカッ、けたたましく警戒音をたてる鳥がいた。近くに巣があるのかうるさく、おちおち休んでいられない。仕方なく早々に退散、歩き出すとしばらく追ってきてカッカッカッカッ文句を言い続ける。昨日も椿丸にこの鳥がおり、休ませてもらえなかった。なんだか人より動物のほうが力関係が強い奥山だ(道志山塊で早朝、ヤマドリのドラミングに叩き起こされたり−あれも縄張り内にテントを見つけ気に食わない感がありありだった−、甲武信岳と国師ケ岳の間でキョ、キョと鳴く正体不明の動物に夜、テントをガサガサつつかれたことを思い出す)。

 右上:林道は土砂が流れ込み、湧水で小川のようになっている箇所もあり、もう車は通行できない
 左下:きれいに林道が残る箇所もある
 右下:富士見峠への林道との分岐点。新設工事起点 忍橋林道昭和56年の文字の刻まれた碑がある。約30年で放棄されたわけだ・・・
 ここで地蔵平への下りを単に川に下りる道と勘違いし、最初、富士見峠の方へ歩いてしまう。ずっと登りなのでおかしいと思い方角チェック、西へ向かっているので慌てて地図を取り出す。シキリ尾根ノーミスで下りたのに、林道で間違えるとは・・・。ところで西へ向かう林道はかなり立派だったので、地蔵平から車両通行可能なのかと思ったが、分岐から地蔵平まで下りる途中も随所で崩壊していた。車はもう通れない放棄林道だ。立派に残るところもあるのに勿体ない気もするが、補修コストに見合わないのだろう。





 左上:大又沢川   右上:地蔵平 戦国時代の古くから人が住み、分校もあった。昭和37年森林軌道廃止とともに浅瀬へ移転、廃村となった。
 地蔵平から地蔵尾根へ進む。川を渡り、最初は山腹の道(左下)を登り、尾根に出る(右下)





 左上:西にシキリ尾根(左の木の上の尾根)が見える  右上:しばらく杉林をゆく。
 左下:信玄平付近。甲斐の武田信玄はこの道をたどって相模小田原の北条氏を攻めた。このあたりが軍勢を休ませたところだという。ひたすらゆるやかな斜面を単調に登る道。曇りで比較的涼しく、たんたんと進む
  右下:大滝峠への分岐 今は道崩壊で通れない。東海自然歩道も付け変わった





 やがて右手に甲相国境尾根と鞍部が見えてきた。あれが城ヶ尾峠か、あとは水平道だなと嬉しく思うが、崩壊斜面をトラバースするところに出た(左上)。とりあえず通過し、少し登ると左手に朽ちた階段がある。上から行ったほうが安全そう(地図ではさらに峠近くが崩壊部となっているので)、と階段を登る。支尾根に出て笹ヤブをかきわけ登ると明瞭な尾根道に合流。方角を見ると南北尾根。まだ甲相国境尾根ではなく、その南への支尾根に出たらしい。しかしこの支尾根の踏み跡も明瞭で南へ下っているので、どこへ下りるのだろうと気になった。地図だと白水沢の林道に接続かと予想されるが・・・。今回は北へ向かい、城ヶ尾山の東で甲相国境尾根に出た。東へゆくと城ヶ尾峠に到着(右上)。ここからは一般道、道迷いの心配なくのんびり歩ける。
 左下:大界木山から南方向  右下:忘路峠(犬峠)





 左上:畦ヶ丸避難小屋 誰もいない。甲相国境尾根でも誰にも会わなかった。ここから南の屏風岩山の尾根を下る。よく整備された道。
 左下:大滝峠上 地蔵尾根へのトラバース道との分岐点だが今は通行不能   右下:東の権現山方向






下:毛出峠

左上:屏風岩山 山名標識が見当たらない
屏風岩山南から道は踏み跡っぽくなる
快適な尾根道をさくさく下る
下:箒沢集落を見下ろす




 昨日浅瀬で人と話して以降、誰にも会わない。(ヘリ、チェーンソーなど)音も聞かない。今日も畦ヶ丸山頂ですら誰もおらず、一瞬自分以外この世に誰も存在しないのでは、下りてもこの2日間に何か起きて人が皆消えているのでは、という不思議な感覚すら覚えた。箒沢集落を見下ろし、下界にはちゃんと人がいる、と感じた。



 左上:東の同角山稜方向  右上:951ピークあたり
 左、下:二本杉峠への下りが急降下で結構危険
 二本杉峠へのトラバースもやばい感じ



 左上:二本杉峠  右上:峠にあった石柱
 峠の西には法行沢へ抜ける道があるが崩壊が進んでいるらしい
 当初、世附権現経由で浅瀬入り口まで歩く予定だったが、世附権現は目の前に大きくそびえる。地図で見ると結構登り返すようだ。疲れてもうスピード出そうにないし、世附権現経由だと予定の4時代のバスに間に合わない可能性が高い。権現山は、春にでもミツバ山とあわせてまたくればいいや、と峠から東へ下りる。





 峠からは整備された道。杉林、ついで広葉樹林の山腹を行き川沿いに出た(左上)。やはり6月はもう暑い、顔や手足を洗い、さっぱりしたところで細川の集落へ。なんと、車庫に停車中の車道行く車すべて湘南ナンバー。えー、ここも湘南の範囲なんだ、と驚きつつバス停へ。   右上:細川集落



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