東 京 近 郊  の 山  尾 根 歩 き
東 丹 沢 (マイナー尾根4)



日高−西峰西尾根−東峰西尾根

2015年5月上旬
コース記録:  1日目:三叉路バス停8:35−塩水橋10:00−本谷橋11:00−12:45三角沢ノ頭(昼)13:00−オバケ沢上13:40−15:30三角沢ノ頭15:40−日高16:10−尊仏山荘17:00
    2日目:山荘5:45−6:45丹沢山6:50−西峰7:15−早戸川9:00−9:30伝道10:00−11:20本間橋10:30−無名の頭12:35−12:45東峰(昼)13:05−早戸川林道出会14:50−宮ヶ瀬16:40

 当初、オバケ沢からいったん三角沢ノ頭に登り、再び沢に下りて木ノ又大日へ抜けるコースを歩く予定で出発。もう5月、林道歩きは暑い。そろそろ蛭が出てこないか、それも心配だ。



 左上:塩水川  右上:塩水橋。たくさん車が停まっていた。本谷林道に入り、終点の少し手前に三角沢ノ頭に上る道がある(左下)。踏み跡は明瞭





 人工林をジグザグに登って三角沢ノ頭(寿岳)に到着。暑いせいか登りがきつく、調子がいまいち出ない。この程度でこんなにへばって、北アルプスとか歩けるのか、て感じだ(とにかく暑さが苦手)。ここからオバケ沢に下る(右下)





 人工林の中、道は明瞭、階段があったりする(若干古めだが)。しかし、最後オバケ沢の数十m上まで来たとき、明瞭だった道を失い崩壊斜面に出て下り口がわからなくなった。左右へトラバースしてみるが、急斜面で下りられるイメージがない。どこかにあるはずだが、斜面が崩壊して道が失われている可能性もある。少し登りかえし道を確認、でも先はどう見ても崩壊斜面に来ている(もっと上に別の下り口があった可能性もある)。尾根方向も確認、事前に調べた尾根と間違いないようだが、情報が間違っているか古い可能性もある。いまいち調子も出ないし、ここは登り返して日高から塔ノ岳に行くことにした。右上:長尾根から木ノ又大日方向を望む

 左:再び登り返します このあたりいい道なのに
 下:寿岳から大山方向を望む





 左上:三角沢ノ頭から日高への尾根道は明瞭  右上:これから向かう主稜線
 下:崩壊地だの少々ざれたところもあるが、さほど危険ではない





 左上:日高付近から三角沢の頭への尾根を振り返る  右上:日高 主稜線に出たところ
 なんだか疲れて、塔ノ岳への道でいちいち登り返すところがきつい。休み休み行き、尊仏山荘にようよう到着。

 かつて林業がさかんだった頃、山には木馬道がめぐらされていた。昭和40年代頃までは、丹沢や奥多摩、秩父をハイキングすると木馬道を歩くことも多かったという。木馬道とは材出し用の木桁で組んだ木道のことで、小さい沢を木で橋桁を組んで渡してある感じの道が、延々山腹にトラバース道のように続いているのを想像すればいい。この道を、材を乗せた木の橇(木馬)が、男性一人が人力で操作しながら通る(場合によっては奥さん子供も木馬の後ろについて制御した)。重労働で下敷きになり亡くなった人、片腕無くした人もいたという。
 シュトルテ氏の『丹沢夜話』シリーズによれば、札掛周辺の本谷やタライゴヤ沢、塩水あたりにも木馬道が縦横に通っていた。本には、木馬道の上を大勢学校の生徒たちが歩いているようす、背丈ほどの高さに積んだ橇の前に立つ男性の写真が乗っている。歩いているときにこの橇が来ると、周囲の山々に音が反響するため巨人の歯軋りのような不気味で恐ろしい音がしたという。当時山には樵夫が大勢おり、木馬道を組む専門の樵夫もいた、札掛金林沢上流には三段に組んだ木馬道もあったというから、なかなかの土木技術だ。丹沢で伐採していたのは、主に原生林の大木だった。当時丹沢は鬱蒼とした原生林の森、その後植林された人工林が多くなり、随分と景観が変わった。
 平成の今は木馬道も朽ち、頻繁に木馬が通ったという面影なく森閑としており、当時の山の賑わいが想像だにできない。

 1979年頃の『丹沢だより』に、面白い話が載っている。かつて塔ノ岳では毎年5/15に野天賭博が開かれていた。1979年当時もまだ開かれており、当日大勢年寄りが登ってくる。当時は頂上ではなく裾野のほうでやっていた。シュトルテ氏の『丹沢夜話』によれば、山頂から見渡せるから見張りをたて、役人(明治以降はお巡り)が来ると皆四散。1983年頃の記録では近年まで茶屋を貸し切り夜通しやっていたという。
 こうした山の上で野天賭博が開かれていた話は、大菩薩峠でも聞いたことがある。みな楽しみにしていたという。山の上だったのは、四方八方の集落からアクセスしやすいことと、役人の取り締まりを上から見張りやすかったことがあるだろう。

 下:翌朝、丹沢山へ向かいます いい天気だ





 上:おー富士山   右上:遠くに南アルプスかな?も見えます
 左下:丹沢山を越え、西峰に来た ここから北西尾根を早戸川へ下る 鹿柵脇を下ります(右下)





 うっすら踏み跡道だが、尾根たどればいいので歩きやすい。1150と870mあたりに支尾根分岐があるのでチェックポイントだ。コンパスで見分けさくさく下りる。





 1000mあたりから下、人工林に入り急に道がよくなった。最近作業に入っている感じだ。楽勝じゃん、と870mはチェックせずそのまま道なりに下る(これで吉の場合と、凶の場合があることがこの後別の尾根で判明)。
 沢近くまで来たとき、仕事で入る人たちとすれ違った。チェーンソー片手に登ってくる。山道、しかもこれから暑いし、ご苦労さまだ。沢を渡る箇所はごつごつした岩(左下)。チェーンソー片手に(手を使えず)ここを毎日上り下りしてるなんて、どんだけ丈夫な足腰だよと感心。



 右上:伝道から早戸大滝への道(中央)に、右下から合流するところ
 当初、この前雨で撤退した(大平コース−棒ノ木丸)雷平へ行こうと南へ向かう。例のステップと木の梯子は越えたが、しばらく行くと行き止まり、下を見ると道があるが、そこへ行くには下に川を望む崖側にせり出した岩場を下るしかないようだ。えー、本当かなあ、という感じで(北アルプスならまだしも、丹沢では想定外のイメージ)、昨日からいまいち調子出ないしやめることにした(無理はしない)。伝道に戻り、しばし休憩。林道を歩き、本間橋先のU字に曲がるところから無名の頭に登る尾根に入る(左下)。最初テキトーに登り、尾根に出る。人工林のあたりはほとんど踏み後はないが尾根を行けばいい。





 鹿柵のあたりから若干踏み跡あり、ブナの森になると明瞭な道があった。鹿柵がなくなると踏み跡も薄くなるが尾根をたどればよい。
 最初は右手(南側)に蛭ヶ岳や丹沢山が見え(右上)、登るにつれ西峰と縦走路が見えてきた(右下)。登りだしの人工林は急登だったが、ブナの森に入り左に折れるあたりからゆるやかになり、さくさく歩ける。





 左上:無名の頭 丹沢三峰縦走路に出たところ  右上は大山を撮ったのだと思う
 左下:縦走路は道がいい   右下:東峰から北西尾根に入る





 左上:左手(西)にさきほど歩いた無名の頭への尾根が見える
 右上:北西尾根からさらにヌタノ丸へ行こうと北の尾根に入る。



 ときどきコンパスで方角をチェックしていたのだが、尾根道が明瞭だったのでこの尾根も楽勝、と829mピークをチェックした後、方角確認を怠っていた。途中、左手に下る明瞭な作業道を見送り、そのまま尾根を行く。標高700mあたりに来たとき、ふと右に高い山と尾根があることに気づく。あれ?と方角チェックすると、この尾根は北西へ向かっている。ヌタノ丸は829mピークの少し下から北北東へ向かう。あの山がヌタノ丸じゃん、明瞭な踏み跡にだまされた、とがっくりくる(いや、道は別にだましていない。単にチェックしなかった自分が悪い)。でももう登り返すには大分来てしまったし、この道に踏み跡があるということはこの道の行き先も気になる。地図を見ると尾根突端の林道とりつき部分はぐるりと崖のようだが、一箇所北にあいているところがある。踏み跡があるということは、コンクリ壁なら階段があるか、あいているところから出入り可能なはず、最悪だめだったらさきほどの左(南)に下る作業道は確実に林道に出るはずだからあれを行けばいいし、と最後まで行ってみることにした。下は、ヌタノ丸との分岐以降の尾根道



 尾根上に3本電柱の立つところに出た。その先は踏み跡がなく荒れているが、いちおう確認で尾根の先端まで行ってみると、西北南すべて崖(下は道路)。
 しかし、3本電柱の北に小尾根が出ていて、踏み跡はそちらに続く。その先端近くから右の小さい谷に下りる踏み跡があり、谷の先で道路と接する(写真左)。1.7〜8mほどの石とコンクリの壁だが、下りられる。(下りはいいが、登りは腕力いりそう)。
 結局沢筋で、おそれていた蛭に出会わなかった。いなかったのか、ヒル下がりのジョニーのおかげか不明。


 オバケ沢という地名だが、シュトルテ氏の『丹沢夜話』や『丹沢だより』によれば、昭和50年代の札掛の人たちによる座談会で、戦前仕事で数人がこの沢に入ったとき、ぼろぼろの着物を着て長い髪を垂らした女に会った。話しかけても意味不明、人を怖がりすだれのようなものを垂らした穴に入ってしまう。気味が悪いので棒でおにぎりを差し出しその日はいったん帰宅、後日村人大勢で捜索に行くと、沢で死んでいたという。人と会ったから死んだ(自殺した)のではないか、胃の中にはやもり沢蟹その他生で食べていた様子、という。別の人は1年後に白骨死体で発見されたともいう。いずれにせよ、穴に残された衣服から、7年前行方不明になった里(秦野)のお寺の娘と判明したという。
 この話に、彼女は性犯罪にあった人かもしれない気がした(もともと神経を病むようになっていたとあるが、人を怖がり山へ逃げるほどなので)。というのは、ベトナム難民が問題になっていた頃、難民を襲い金品を強奪したり暴行する事件も続発し、難民支援団体が海岸沿いの洞窟内で発見した二人の少女は、暴行され怖くて外に出られなくなっていた、海水につかる足が蟹に食われ骨まで見える状態になっても外に出るのを怖がり抱き合って泣いたという話が印象に残っていたからだ。もちろん、意に沿わぬ結婚を嫌がり逃げたその他もありうる。昔よくあった神隠しは、駆け込み寺的出奔や性犯罪被害などがあったろう。



コシバ沢

2015年5月下旬
コース記録:  寄10:15−登山口11:05−釜場平12:15−コシバ沢入口12:20−13:10鍋割峠13:20−13:40鍋割山北尾根への分岐(昼)14:05−林道出会11:05−12:35小丸(昼)12:50−マルガヤ尾根分岐13:00−15:00分岐15:10−ユーシン15:50

 寄から林道を歩き、ゲートから遊歩道のようになる。ゲート付近に車が何台が停まり、遊歩道あたりには夫婦連れなど何人も歩いている。車道遊歩道終点に雨山峠への登山道入り口がある(左下)。
 雨山峠への道は結構ハードと聞いていたが、岩ゴロゴロの沢を何度か渡ったり、楽々歩ける道ではない。途中、下りてくる男性に会う。雨山往復とのことで、「大変なところですね」と言っていた。
 右下:釜場平 ここは広々している





 左上:コシバ沢分岐 右側がコシバ沢   右上:コシバ沢の様子  左下:コシバ沢上流
 右下:この倒木あたりに、左の尾根山腹トラバース道への登り口がある(赤テープがあり、踏み跡があった)





 左上:トラバース道の踏み跡はしっかり   右上:コシバ沢の最上流  左下:今来た沢を振り返る
 トラバース道のおかげで急登もなく、鍋割峠に着いた(右下)。コシバ沢では誰にも会わず





 鍋割峠の北側に、旧鍋割峠方向へ向かう鍋割山北尾根へのトラバース道があるはずだが、斜面が完全に崩壊している。これは歩けそうにない、と縦走路を行き鍋割山西から北尾根に入ることにした。縦走路からの分岐箇所に道標などはないが、地図と尾根方向で判断、踏み跡はしっかりついており問題ない。
 上下とも尾根道のようす。歩いていると、先行する単独男性がいた。
 右下:この鞍部が旧鍋割峠ではないかと思う。やはり写真右手(西側)に道は見当たらない





 危険箇所もヤセ尾根もなく、さくさく進む
 右上:玄倉川が見える   左下:オガラ沢出会に出てきた  右下:右手奥から林道に出てきたところ





 左上:林道そのものが崩壊、車は通れない。放棄林道か?
 左下:熊木ダムの湖 ここにゲートがあり、ここまでは車が入れるらしく河原に作業車がいた
 右下:ユーシンロッジへの道



 ユーシンは湧津と書く。かつて諸士平には集落があり、御料林管理人宅、馬方宿泊所があり、樵夫、電力会社社員も住んでいた。

 夜、小屋で一緒になった人たちに聞いた話では、鍋割峠北側の道は崩壊しており現在普通には通行できないという。先日あるグループがヘルメットロープ一式持参で崩壊した旧ルートをたどった、単独ではとても無理、と言っていた。
 また、1978年に三保ダムと丹沢湖、ついで玄倉のダムができてユーシンができた。2004年2007年の台風など何度か玄倉林道のトンネル崩れで車が通行できなくなった。ユーシンがやっていたのは結局20年くらいか。かつては蛭ヶ岳南斜面直下まで林道が通り車で入れたので、この南斜面がボッカ道だった。今は発電所のあるところまでは車が通れるよう復旧させたが、その先は無理だろう、とも話してくれた。
 現在ユーシンは一部避難小屋のような形で開放されている。冬は水道は利用できないようだが、春から秋までは水道利用可能、なんと電気も通っている。定期的に管理者が訪れ建物管理を行っている。



蛭ヶ岳南−市原新道−白馬尾根−棚沢ノ頭尾根

2015年5月下旬
コース記録:ユーシン5:15−熊木沢出会5:40−蛭ヶ岳南斜面取付6:40−蛭ヶ岳8:40−市原新道沢出会10:45−雷平11:10−12:30(昼)12:50−白馬尾根縦走路出会13:30−棚沢ノ頭尾根入口13:40−登山口15:00−林道出会15:15−ユーシン15:35−玄倉バス停17:20

 朝曇り。涼しく歩きやすい。玄倉から熊木沢出会へのこの道は、かつての尊仏岩への信仰登山道だったという。関東大震災で尊仏岩が落ち、震災とその後の台風による土砂災害で玄倉川も埋まった。
 左下:熊木沢出会にある有名な、途中ぶった切れた橋(土砂災害で一部流失)を道路上から撮ってみた。本当はこのまま直進して橋を渡れたはず。いったん下りて梯子でよじ登る。
右下:熊木沢を蛭ヶ岳方向へ望む ガスがかかって蛭ヶ岳は見えない。これは上は雨かもしれない





 沢右手の林道はやがて崩れてなくなるが、左手斜面に注意しながらしばらく河原を歩く。河原にいた鹿が驚いて左手斜面を駆け上っていった。崩壊斜面直河原でなくなるあたり(つまり河原と斜面の間に道のあるスペースが出てきたところ)で川を渡ろうと沢よりに進むと、ちょうど丸印で渡渉箇所がついている。渡ってすぐはヤブだが、少しゆけばすぐ左側に残る林道に出た(左上)。舗装のとれたところも(右上、相変わらず蛭ヶ岳は見えない)。「警笛鳴らせ」など今は不要の標識が立つ。
 さいご、林道が大きく左側(西)に回りこむところがある。ちょっと行ってみたが、先が土砂で埋まっている感じだった(左下)。よく見れば踏み跡はあったのかもしれないが、沢の堰堤脇に踏み跡があるのを見つけていたので、沢から回ることにする。そのせいか、有名なハイジェットは見かけなかった。右下:東沢方向を望む





 左上:来た道(熊木沢)を振り返ったところ    右上:西沢を望む
 地図によれば旧登山道は西沢の右手斜面を登る。このとき、何を見間違えたか、第一堰堤の下から登る、と読み取った。で、下の斜面を、結構急だなあ、でも登れなくもないし、とよじ登る。尾根に出ると、踏み跡がない。おかしい、と地図をよく見れば正式な道は堰堤の上から登る。またも早とちりで失敗、でもこの一帯はすべて蛭ヶ岳南尾根に収斂されるし、正式道の1本東側の支尾根のようなので、このまま行けば南尾根に出ると判断、尾根を進む。岩でごてごてしているが(左下)行かれなくはない。まもなく旧道に出た(右下)。踏み跡とテープがあり、すぐわかる。





 休むところもない急斜面、とよく言われるが、そんなことはありません。どこでも休もうと思えば休めます(ザックが転げ落ちないよう気をつける必要はあるが)。林業ボラでも斜度30,40度くらいの現場でお昼、とかよくあるし。
 踏み跡は微妙に続いており、基本狭い(ヤセ尾根ほどではないが)尾根なので、コースどりに困ることはあまりない。ときどき岩の多い箇所があり、一瞬迷うが、この道はかつてボッカ道、手を使って登るようなところはないはず、という目で見ると踏み跡が見えてくる。たいてい、岩を巻くように見えるトラバースはトラップだが、たまにそちらが正解のこともある。その見分けはやはり、もとボッカ道なので手を使う箇所はまずない、と考えれば大体間違いない。  左下:名前は不明だが花が咲いていた





 涼しい、ということもあり、たんたんと登る。特に危険箇所もない。上にゆくにつれガスってきた。
 手を使わない、と書いたが、最後、少々ヤバい箇所があった(右下)。ここが蛭ヶ岳直下の3段でロープが設置されている急斜面、というところだと思うが、まず尾根斜面が大きく崩壊している箇所があり、その右端(東側)にロープがあった。ここだな、と引くといきなりガク、と50cmくらい引けた(というか落ちてきた。たるんでいたわけではない)。ロープに頼らず登り、元を見ると潅木にまきつけられているが、その潅木自体が怪しい感じ。その根元には別のロープが丸めて放置されていた。斜面が崩壊し設置箇所からはずれたロープでは、と思われた。崩壊斜面の東端から、尾根の東斜面を覗き込むが、道があるようには(つけられるようには)見えない。今から思えば、おそらくもう少し東端を登った先に旧道があったのかもしれないが、このときは東斜面は垂直近い崖なので無理、西に道があるのでは、と考え、崩壊斜面を注意してトラバース。西端に行き西斜面を覗くが、こちらもやはり垂直近い崖。うーん、崩壊斜面そのものに道がついていたのでは、それなら崩壊箇所上の中央から突破するか、と西端から上部中央(右下写真の上中央)まで行き、強硬突破する(一瞬、ここヤバそう、絶対道でない、引き返して東を再確認しようかと思うが、戻るほうが危なそうだったので強硬突破した)。しばしよじ登ると、右手(東)から登ってくる踏み跡に合流。ということはやはり東に道があったことになる。確認に下りてみようかと思ったが、危ない気がしてやめた。よってあくまで憶測、どこから道が復活しているのかも不明。とにかく3段設置ロープは2015年現在、1本しかなかった。





 左上:蛭ヶ岳西側に出た。最後アドベンチャー気分だったが、それ以外は予想より普通の道だった(涼しかったおかげも大きい。また下りは危なそうな気がする)。山頂で臼が岳方向へ向かう単独男性とすれ違う。この日山で会った人は結局この男性のみ。
 蛭ヶ岳から市原新道を下る。右上写真あたりから下り、鹿柵をよけて東へ進むと明瞭な踏み跡あり、あとは踏み跡をたどる。





 ブナの森をゆく。左上:碑があった。 雨がぱらついてきたが、涼しいので歩きやすい。ブナ林をさくさく下る。最後、皿標識の箇所から尾根西の谷へ出て下り、10:15には雷滝への沢すぐ上に出たが、沢への下り口がわからない。
 どう見ても下りられそうにないので、いったん皿標識まで登り返す。あちこち下りてみたり試行錯誤、三たび皿標識に戻ってじっくり踏み跡確認、西の谷をトラバースで越えているようだ。トラバースして西の尾根へ行き踏み跡しっかりOK、しかしやがてまた見失う。今度は東へトラバースかと行くが違う感じ、明瞭地点に戻ると下る踏み跡を発見。進むと右下写真にある、沢底の岩に設置されたロープが見えた。
 沢すぐ上まで出てからここまで、30分費やしてしまった。こうした下り口、登り口がいつもネックだ。正しいところを見つけにくい。実は違うんだけど、というところから強硬突破してしまうこともままある。





 沢沿いの踏み跡を歩き(地図では2回渡渉するが、現在渡渉は新道下りた1回だけ、あとは沢左岸をゆく)、ついに雷平に来た(今まで棒ノ木丸西峰西尾根と2回敗退)。左上:雷平から早戸大滝方向を見たところ   右上:今きたカヤノ沢方向
 左下:早戸川下流方向 雷平で早戸川が大滝方向と雷滝(カヤノ沢)方向の二手に分かれている

 ところで、早戸川周辺も蛭が多いと聞いていた。そこで、蛭がたくさんいたときは川の中を歩こう、と田靴(先割れタイプ)を持ってきていた。田靴は底が薄いのでまともな沢登りには向かないと思うが、とにかく軽い、くるくる丸められ小さくなるので持ち運びに便利。また長靴状の上はゴムでぴっちり、水が入りにくい(服が滲みてくれば入るが)、つまり蛭が入り込めない。里山の復田で田靴の存在を知り、さっそく蛭対策に流用することにした。石歩きは痛い可能性もあるので、中敷があるとさらに良い。
 しかし、沢に下りてから、ときどきチェックするが蛭はついていない。川べりを見てもいない。まだ時期でないのだろうか。結局田靴を使うことなく、対岸に渡り、右下の箇所から白馬尾根を登る。





 最初は植林帯を行く。ここで左ふくらはぎに違和感を覚え、見ると1匹蛭がついていた。初めて見る蛭の実物。ギョエーと思いつつ、つまむとすぐはがれ、血は吸われていない。かわいそうだが石ですりつぶし昇天してもらう。蛭がいないわけではないようだ。今まで5月の東丹沢をハイカットでないスニーカータイプでうろうろしても、蛭避けに膝下ストッキングをはきヒル下がりのジョニーをかけていたので、つかなかっただけかもしれない。ストッキングは効果があると思う。吸う体制で伸びていたが、齧れなかったようなのだ。
 いったんこやみになった雨脚が強くなってきた。ザックカバーをかけ傘を差して(合羽は蒸れる)歩く。登るにつれ、ガスで視界が悪くなり、景色が見えない。



 右上:白馬尾根の有名な草原脇の林  下:草原に出たところ 右下は草原から下方向(北側の景色が見えるはず)を撮ったところ。本当は気持ちのいい草原から北の景色が一望できる絶景ポイントのはずだが、これでは白馬尾根に来た意味がないかも
 雨で気温低下、体温める目的もあり、ここらの林内で傘の下、ガスでお湯を沸かしてお昼を準備。フリーズドライのペペロンチーノ、おいしかったです。





 登りがきつかった記憶もなく、あっさり主稜線に出た(左上、鬼ヶ岩の東。分岐に標識なし)。やはり涼しいとスピードが出るし体力的にも楽。
 雨の中誰もいない稜線を歩き棚沢ノ頭へ、そのすぐ脇にユーシンへの分岐標識がある(右上)。ここが棚沢ノ頭尾根への入り口。ガスっているので道迷いが心配だ。この尾根を行くか塔ノ岳経由にするか、道々考えていたが、尾根道ははっきり明瞭。これならガスって支尾根確認ができなくても、道を見失うことはまずないと判断、予定どおり棚沢ノ頭尾根を下りることにした。





 踏み跡は一般登山道クラスに明瞭、テープも多い。一箇所東側にガレて崩れたところがわかりにくかったが、崩れに青テープ、下ると道ありであとはわかりやすい。
 左上:弁当沢ノ頭あたり ここでいったん登り返す それ以外はたんたんと下る快適な道
 右下:熊木沢の河原が見えてきた





 左上:熊木沢に出てきたところ 石でわかりやすく目印してある  右上:熊木湖



 ひたすら玄倉林道を下る

 右上:熊木ダム

 バスは17:31なのでしゃかしゃか歩く

 左:丹沢湖

 ガスの白馬尾根がかえすがえすも残念。晴天の草原はいつか体験してみたい。主稜線からさほど下りないので、ちょっと寄れば見られると思う。





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常念/徳本/薬師/雲ノ平/神岡新道/笠ヶ岳/ジャンダルム/前穂      中央ア:木曽駒/安平路
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